桜の花が満開になっている。
この可憐で儚い花の美しさがやっと分かってきたように思う。
さて、2008年に入ってから書き進んできた第三弾の翻訳書、
『凹まない人の秘密』がやっと書きあがった。
翻訳者のこだわりや苦労を読者の皆さんに分かってもらうのに、「あとがき」は大事だ。翻訳者は一つの記号(英語)を別の記号(日本語)に移す作業に疲れきっている。そして自分の生の声を書きたいとうずうずしている。
そんな大切な「あとがき」なのに、それがない本も多い。僕は、がっかりとしてしまう。この人はどんな思い入れやこだわりがあってこの本を訳したのか、それは小さいけれど、とっても貴重な情報だ。
『凹まない人の秘密』では、ページ数の都合でかなり削らなければならなくなった。
全文は以下のとおり。
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翻訳者 あとがき
ずっと昔 ある本の中で見つけた言葉が今でも僕の心の中にある。
その言葉は、「漂えど、沈まず」。花の都(という言い方も、古いな)パリのモットーだそうだ。激動の中をしぶとく、そしてしたたかに生き抜いて、それでも品の良さを失う事がないあの街の有り様を表わして余りある言葉だ。
そして、本書を貫くテーマであるレジリエンシーについて語るとき、まず僕はこの言葉について思い浮かべる。
レジリエンシーについての話をする前に、まずは著者のアル・シーバート博士の事を語ろう。
テレビや雑誌にも数多く取り上げられる著名な心理学者であるシーバート博士だが、彼は元落下傘部隊の隊員というユニークな経歴を持っている。
10人に1人しか生き残れないと言われた朝鮮戦争の激戦の舞台となったコレヒドール島、新兵だったシーバート青年が最初に配属された部隊の教官は、その島からの生き残りの精鋭だった。
こわもてでマッチョな鬼教官を想像していた彼の前に現れたのは、しかし、いつも楽しげで好奇心と遊ぶ心に満ちた子供のような人たちだった。
「戦場の生き残りの英雄たちは映画のヒーロー“ランボー”というよりは映画“M★A★S★H”にでてくる、いたずら好きで型破りの軍医ホークアイのような人たちだった」と彼は「逆境に負けない人の条件」の中に書いている。
彼らは、人を力でねじふせて生き残っていく人たちというよりは、戦場で共に戦いたい、と思わせるような人たちだった、というのだ。
これは、ニヒルでマッチョなアメリカンヒーローを描いていた僕にとっては衝撃だった。それどころか同書で、シーバートは、「ランボーのようなタイプは戦場では真っ先にやられる」とまで書いている。
勿論彼らは性格が優しいというだけではない。「心のレーダーがいつもONになっていた」と言われるとおり、常に周りを観察し、適切な時に適切な対応ができる強さも同時に持ち合わせていた。そんな彼らを博士は「リラックスしていると同時に鋭かった」と言っている。
こう言うと支障があるかも知れないが、いいや、言ってしまおう。シーバートがあった生き残る人、サバイバーの条件とは、高倉健、というよりは高田純次と言った方がよいタイプだったのだ。
そこからシーバート博士の40年以上にも及ぶ研究が始まる。もともと彼は学生時代から専攻していた臨床心理学が、心を病んだ人たちを対象とした研究ばかりして、いかにしたら健康な人が更に強く、良く生きられるかという事には答えを持っていない事に疑問を持っていた。
そしてその成果が、先程の「逆境に負けない人の条件」”The Survivor Personality”という本に結実し、日本語を含め6カ国語に翻訳されベストセラーになった。この本は、シーバート博士が実際に、会って話を聞いた多くの生き残りの人たちの生の話が満載され感動的なものになっている。
僕は、博士が開いたパーティにその本の中に取り上げられている人が来ていてびっくりした事がある。
その人、ノーマン・ロックは中国系のアメリカ人。大変な苦労の末、会社を経営する成功者となった。机上の学問ではなく路上の学問(Street-smart)に長けた男として本の中に登場していた。
まず、彼はその当時、アメリカ人の中にあっては若く見える僕をまじまじとみてこう言った。
「アルの友達が来ていると言っていたが、何だ、まだ若造じゃないか」中国移民というハンディをものともせずにのし上がったロック爺さんの毒舌には、温かさがあった。
そして僕が、本であなたの事を読みました、と言うと。即座にこう切って捨てたのだ。
「あんなもん、全部ウソだよ。何、信じてんの?」
さすがに僕もひっくり返りそうになったが、それは勿論、彼の冗談だろう。
その人生の中では、自分自身の感性と経験だけを信じられなければ、とても生き延びてはこれなかった体験が何度もあったはずだ。
こんな素敵な人たちとの付き合いの中で、行動する心理学者アル・シーバート博士の骨太の学問が形成されていった。
そして2005年、博士の学問の集大成としてまとめられたのが本書、The Resiliency Advantageだ。本書は、翌2006年「独立系出版社が出した最高の自己啓発書」の栄誉に浴している。
先程の「逆境に負けない人の条件」が多くの実例をあげて書かれているのに比べ、本書は更にその理論を深化させ、実践するためのヒントに溢れている。
僕は、保険代理店の経営者、というもう一つの顔を持っている。損害保険、というのは言ってみればトラブル・イズ・マイ・ビジネス、すなわちお客さんのトラブル(事故)と毎日向き合いそしてそれに対応していかねばならない。
これでなかなか大変な商売なのだ。胃をやられて摘出した、なんて人の割合がとても多い業界でもある。
そこでは、感謝していればいい事がある、とか念じていれば思う通りになる、なんていう巷の自己啓発本ではとても使い物にならなかった。
いいことばかりありますように、と願っていても悪い事が起きるときは起きるのだ。こんな単純で崇高な事実に巷の保険屋さんほどみにしみて気が付いている人もいないだろう。
そんな時に、アルと彼の教えに出会ったのだ。それは正しく偶然としか言いようがない。禅(だったけな?)の言葉にWhen a student is ready, the teacher will come.と言うのがあるそうだ。生徒の学ぶ準備が整った後に初めて、先生が現れる、というのだ。その逆を考えがちなのだが。
僕の場合もそうだったのだろう。そしてその教えの中心がレジリエンシーなのだ。
実はこれ、もともとはアメリカ人にもあまりなじみ無い語彙で、へたれの少ないカーペットなどに対して使う言葉だったようだ。それが、土足で踏まれてもふまれても、また直ぐに毛が起きるカーペットのように、逆境にへこたれずに立ち上がっていく、しなやかな精神をさす言葉に転化された。
悪い事を退け、目の前にある危機を見ないようにする偽りの楽天主義は現実的ではない。常に今自分に、そして自分の周りに、何が起きているのか?
それを観察することから始めよう、と博士は説き始める。
そして悪い事が起こるのを避けるのではなく、そこからどう立ち上がり更に強くなって颯爽と人生を歩いていくか、それこそが本書の最大のメッセージだ。
もともとこのレジリエンシーという言葉自体、けつまずきや失敗を前提とし、それを乗り越える精神を表わすダイナミックな語なのだから。
この本があなたの人生を少しだけ明るくしてくれることを、アルと共に祈っています。
2008年3月吉日
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