特権意識
ちょっとしたこぜりあいがあった。
銀行での事だ。とても混んでいたし、蒸し暑かったから僕自身もイライラしていた。そこにおばさんが入ってくると番号札も取らずに窓口の女性に用件を伝え始めた。
状況がしばらく掴めなかったがどうやらそのおばさん、「横入り」するつもりだったらしい。おいおい、と思い、ここで男子はひるんじゃいけねぇ、と思い声をかけた、「ちょっと、みんな順番に並んでるんだよ」。
おばさんはキッと僕を睨むが直ぐに窓口の女性に向き直り話を続けた。余りの鮮やかな無視っぷりに、一瞬こっちの方が悪いんじゃねぇかと思ったほどだ。
こっちも引くに引けなくて(汗)、何とかおばさんを退散させたが、いずれにしろ不愉快な出来事だ。おばさんがその銀行の庶務にも顔が利くお得意さんだ、と言うのは判ったし、あんたら下々のものはあたしに譲るべきなんだよ、と当然のように考えているのもよーく分かった。
有る程度成功した人間(最近ではそうでない人間にも多いが)が気をつけなければならない事に特権意識がある。自分だけは何をしても許される、という傲慢さの事だ。
英語では"Sense of Entitlement"とでも言うべきだろうか。自分は特別視されるのを当然だ、と思う。だからその人は他人の親切をTake for granted、当然だと思ってしまう。
だから勿論感謝なんて高尚な感覚はない。特別視されない時の、不満と怒りしかない。
それで満足なんだろうか?人間は誰しも、他人から重要視されたいと熱望している、といったのはデール・カーネギーだったか。だから気の利いた事をされたり、言われたりすれば嬉しい。
この間招待いただいた、鳥居さんのワンデーサクセスカレッジで受けたおもてなしは素晴らしかった。スタッフの方の参加者を楽しませよう、という思いがみんなに伝わっていたと思う。
そして、そんなおもてなしHospitalityは、実はそれをいつも新鮮に受け止めるからこそ感動を呼ぶのだ。
だれでも手放しで特別に扱われるわけでも、特権を持つわけでもないのだ。
昔たけし(北野)、の本のタイトルに「みんなゴミだった」というのがあった。心のどこかに少しでもそんな奥ゆかしさを隠し持っていこう。その上で特権的に扱われることがあれば素直にそれへの感謝をあらわしていく。それでこそ、かっこいい大人だ。
だってみんな元々ゴミだったんだから。
| 固定リンク
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 明けましておめでとうございます!(2009.01.01)
- 全戦全勝だけが「金」なのか(2008.09.13)
- 自分の「場」を作る(2008.08.10)
- 特権意識(2008.07.04)
- TBSの元アナウンサーが自殺(2008.05.30)



コメント