明けましておめでとうございます!

今日の東京の空は素晴らしい晴天です。

2009年の私たちを暗示してくれているような。

とにかく色々な事が起こるでしょう、いいことも、そうでないことも。

事あるが、人生。と僕のお師匠はいいました。

全ての事をしっかりと受け止める、そんなしなやかな強さだけは忘れたくない、と思います。

一年の計は元旦にあり、肩の力を抜いて、このワクワクした興奮が続きますよう。

そして読者の皆さんにとっても素晴らしい年でありますよう。

「大変だったけど、素晴らしかった、と言い切れるような人生を送りたい。」(バック)

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全戦全勝だけが「金」なのか

オリンピックの野球で日本は金どころか、何色のメダルも取れなかった。

今日(9月13日)の朝日新聞に最近TBSラジオでよく声を聞くようになった生島淳の記事が載っていてちょっと考えることがあった。

そこに星野ジャパンは全勝にこだわりすぎていたのではないか、という指摘があったが、その通りだと思う。

今の日本人は多くの草食系の人間と少数の肉食系の人間に分かれているような気がするが、肉食系の多くは勝っているときはガンガン勢いよく行くが一度でも負けると意外なほど弱い。

星野仙一も、攻撃には強いが防御に強いという印象はない。本当は勝つときは得手に帆を上げていくが負けるときには粛々と次の一手を強かに練ることのできる「雑食系」が一番Resilientなんだが。

ま、全勝至上主義の韓国に至ってはもっと価値へのこだわりが強そうだから、韓国が一回でも負けてくれればオリンピックの行方はわからなかった。

勿論、全て勝ちに行ければそれに越したことはない。今回の野球のように総当たりの予選がなく最初からノックアウト方式であれば、全て勝たなければそこで即試合終了となる。そんな意味では負けたキューバ戦、韓国戦、アメリカ戦は、せっかく拾った貴重な経験としての「負け」だった。

そこで星野ジャパンはしっかりと反省することをせずに審判に怒りをぶつける、という愚を犯してしまった。こんな事を百年していても勝てるわけはない。八つ当たりされた審判の心証を悪くして、更に日本へのジャッジが厳しくなるだけだ。

せっかくここでコテンパンに負けたんだから、これを教訓として次につなげればいい。オリンピックは終わったが、WBCは残っている。ここでいかに日本は戦うか。

星野より優れている監督候補はいくらでもいるだろうが、もし敗けに対する免疫、という日本に最も求められているものを伸ばすのなら、あえて星野をWBCに使ってみるという選択もありと思うんだが、どうだろう。

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自分の「場」を作る

芸能記事を見るのは好きだ。蕎麦屋に行くと真っ先にスポーツ新聞に手が伸びるし、その中でも先ず芸能記事を眺める。happy01

しかし芸能人は大変だと思う。こんな変化の激しい世界もない。使い捨て、と言う言葉がこれほどピッタリくる職業もないんじゃないか。

だいたいつぶやきシローはどこにいったんだ?!いつも聴いていた昼間のラジオ番組がなくなって伊集院光の姿も見る事が激減した。

年末のディナーパーティーという、誰が行くんだろう?としか思えない仕事しかしていないような人も多いのがこの世界だ。あるいはテレビ東京の旅番組だ。(これも何故か、他局ではなくテレビ東京に限定される。)

その中でしぶとくいつまでも元気がいい人にはある共通点がある。gawk

特にお笑い芸人に関して、の事が多いが。

あまり一般的には使われないが、「冠(かんむり)番組」という言葉がある。生き残る人、もっと言うと稼ぐ人には、この冠があるのだ。

ひとたび冠番組まで行くポジションを築けたら、あとは楽だ。その人なり、その番組なりの味があれば、特に面白くなくてもいい。ゲストが100の力を出さねば笑ってくれない、としてもホストなら70の力ほどでお客は笑ってくれる。

ひと頃の萩本欽一なんかがそんな感じだった。とんねるず、やウッチャンナンチャン何かを見ても僕は全く面白いと思わなかった。

しかし彼らは冠番組を持っているから20年以上もこの世界に君臨してきた。最近では、ひな壇芸人、なんていう人まで出てきて、ホストを盛り上げ、汚れの笑いを一身に背負ってくれるようにまでなった。

今は、そんな「場」を得る事の出来る人が一人勝ちの出来る時代になってきた。GoogleでもYoutubeでも、e-bayでも自分が凄い事をしているわけじゃない。

彼らはただ凄いやつ、芸のあるやつを引き寄せる「場」を作った。だからこそホントに凄いのだ。

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特権意識

ちょっとしたこぜりあいがあった。

銀行での事だ。とても混んでいたし、蒸し暑かったから僕自身もイライラしていた。そこにおばさんが入ってくると番号札も取らずに窓口の女性に用件を伝え始めた。

状況がしばらく掴めなかったがどうやらそのおばさん、「横入り」するつもりだったらしい。おいおい、と思い、ここで男子はひるんじゃいけねぇ、と思い声をかけた、「ちょっと、みんな順番に並んでるんだよ」。

おばさんはキッと僕を睨むが直ぐに窓口の女性に向き直り話を続けた。余りの鮮やかな無視っぷりに、一瞬こっちの方が悪いんじゃねぇかと思ったほどだ。

こっちも引くに引けなくて(汗)、何とかおばさんを退散させたが、いずれにしろ不愉快な出来事だ。おばさんがその銀行の庶務にも顔が利くお得意さんだ、と言うのは判ったし、あんたら下々のものはあたしに譲るべきなんだよ、と当然のように考えているのもよーく分かった。

有る程度成功した人間(最近ではそうでない人間にも多いが)が気をつけなければならない事に特権意識がある。自分だけは何をしても許される、という傲慢さの事だ。

英語では"Sense of Entitlement"とでも言うべきだろうか。自分は特別視されるのを当然だ、と思う。だからその人は他人の親切をTake for granted、当然だと思ってしまう。

だから勿論感謝なんて高尚な感覚はない。特別視されない時の、不満と怒りしかない。

それで満足なんだろうか?人間は誰しも、他人から重要視されたいと熱望している、といったのはデール・カーネギーだったか。だから気の利いた事をされたり、言われたりすれば嬉しい。

この間招待いただいた、鳥居さんのワンデーサクセスカレッジで受けたおもてなしは素晴らしかった。スタッフの方の参加者を楽しませよう、という思いがみんなに伝わっていたと思う。

そして、そんなおもてなしHospitalityは、実はそれをいつも新鮮に受け止めるからこそ感動を呼ぶのだ。

だれでも手放しで特別に扱われるわけでも、特権を持つわけでもないのだ。

昔たけし(北野)、の本のタイトルに「みんなゴミだった」というのがあった。心のどこかに少しでもそんな奥ゆかしさを隠し持っていこう。その上で特権的に扱われることがあれば素直にそれへの感謝をあらわしていく。それでこそ、かっこいい大人だ。

だってみんな元々ゴミだったんだから。

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TBSの元アナウンサーが自殺

僕はアル・シーバート博士となぜ自殺をするのかと言う事を随分話し合った事がある。
答えは出なかったが、驚くべき事にアルは自殺に関してはとても
寛容な意見を持っていた。
病気になった人に(鬱も含め)そうしてはいけないと、君は言えるのか?
そもそもアルは、must やhave toに関してはいつも僕を諌めた。
しなければならない、というのは彼の教えの中にはないのだ。
彼から学んだ大きなことの一つかな、それも。
恐らく人が自ら死ぬというのは複合的な理由があるのだろう。
それがintertwined、複雑に織りなされている、しかし、最後のひと押しは
あっけないほど簡単だ。
他人に言われた一言、あるいは繋がらなかった電話。そんなものなんだろう。
そのひと押しに注意しておく。自殺を防ぐ(精神的なものに限ってだけど)
のはそんな具体的なことが功を奏するのではないだろうか。
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ベトナムで成功している大学時代の友人から彼の地で英語でセミナーをやらないか、と
言うオファーを頂いた。
新興の国で目を輝かせた若者たちとの交流はとてもやってみたい、と思う。
ベトナムは以前から言っていたけど、とても興味あります。
富裕層の友人達を連れてセミナーでもやりに行きますかね!
では。

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さて、これからどうするか

エルトン・ジョンという性的にかなり自由なおちゃめなおっさんがいる。この人が随分前にうたった歌にGoodbye to Yellow Brick Roadという名曲があった。

黄色のレンガ道、オズの魔法使いに続いていく道だった。そして、もうそんな黄色いレンガの道はないんだ、という事を歌った。

この道は必ず自分の夢に続いているという確信がある時の喜び、そしていつの間にか迷い道に入っている時の不安。 人生はそんな迷路の中を行きつ戻りつしていくものだと思う。

ただ最近感じるのは、黄色いレンガ道はエルトンが歌ったように、無くなったのではない。

そうじゃなくて無数の黄色いレンガ道が伸びているんだ、きっと。この道を行けば、それはどこかに自分を連れて行ってくれる。

それを信じて進んでいく事が大切だと思う。悩んで、あるいは諦めてそこに座り込むことがないようにしなければならない。

自分の前にあるいくつもの黄色い道、とりあえずそこを進んでいこう。

2007年ももう終わりか、早ぇーな、しかし。

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あの日にドライブ

父の車を借りて仕事をする。(といってもうちの会社の名義の車だが)

王子を廻り川崎まで。

父が付き合ってくれた。

王子のお客さんの後、父が私が6歳まで住んでいた十条に昼食を食べに行こう、と提案。

父が長崎から母と上京してきた時から食べに行っていたと言うトンカツ(懐かしい食いもんだ)屋さん、みのやに寄る。

貧乏だった我が家が下宿させてもらった酒屋もいまはコンビにになっていた。そして、おまえをよくここに連れてきて遊ばせていたんだ、という公園は哀しいくらい小さい。

正直、私はこのどれも憶えていない。

しかし、このどれもが私のどこかにいまも、そしていつも居て、私を形作ってくれている、と思う。

映画『レインマン』、小賢しく悪知恵の働く弟に、自閉症の兄は馬鹿にされていた存在だった。弟はいつも自分の困った時にレインマンが現れて自分を助けてくれた、と独り言のように言う。自分を救ってくれたレインマン―そして兄のレイモンドはそれを黙って聞いていた。口の上手く廻らない幼い自分が懸命に名前を読んでいたのが、レインマン、正しくはレイモンドだった。

その事に気が付いた時の弟役のトム・クルーズの顔は忘れられない。

そして70になった父のなんとも言えない顔も。そんな忘れがたいドライブになった。

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こんなに生きたんか!

自分の年齢って知ってます?

じゃ、日齢は?

こんなに生きてんのか!と感心する、と同時に呆れます。

ショック受けないように。軽い気持ちでポチッと、な。

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巨星、落つ ハルバースタム。城山。

城山三郎氏に続き、アメリカの文豪デービット・ハルバースタム氏も無くなったとの報を聞く。同年代の、東洋と西洋で輝かしい業績を残された二人の巨人だ。

城山三郎氏は特に好きだった

『人生には、諦めなければならない事など、ひとつも無い』、という温かくも頼もしい言葉は暗黒の、くすんだ時代の僕を心の底から支えてくれた。

彼のエピソードに好きなものが有る。

彼が世に出た後に、町で少年時代の同級生と会ったという。

同級生といっても、相手が親しげに言うほどには城山氏の記憶には無かった、という。

さる大企業の重役だったという同級生氏、それから事あるごとに城山氏に電話をしてきた、という。しかもわざわざ会社の電話から。

それも何度も『城山、城山』と呼び捨て、ことさら旧知の仲であることを強調した、という。

温厚で温かかった、という城山氏、だがこの手の男には冷淡だった。

人が調子のいいときにだけ擦り寄ってくる、これを「晴れの日」の友という。

だいたい城山三郎、という名前はペンネームだった。(『打たれ強く生きる』から)

案外そんなヤツも単純な気のいい奴である場合もあるが歴史的にはこんな話もある。

史上初の農民一揆として知られる陳勝・呉広の乱。一介の貧農に過ぎなかった陳勝が大秦帝国に反旗を翻し自ら王となった時のこと。

郷里の英雄を慕って、陳勝の幼馴染が宮殿に訪ねてきた。

馴れ馴れしく今や王となった陳勝に接し、しかも側近に王の幼い頃の話をあれやこれやというその幼馴染。

いつの間にか姿を消した、という。つまりは消されたんだ。

閑話休題。

城山のエッセーを読んだのは随分前だがあのエピソードは心に残っている。本当の友なら相手の都合も構わず自分のエゴを満たす為だけに電話をする、なんて事はできなかっただろう。中国の故事の幼馴染ももうちょっと相手の立場を考えるべきだった。

しかし、今同時に思うのは、人として生を得た以上、どちらかと言えば擦り寄る方でなく擦り寄られる方でありたい。

そういえば、あの劉邦は始皇帝の行列を見て思わず、こう、言ったらしい。

『男たるもの、ああならなければなあ』。

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人生 断片

保険屋さん、なんて商売をやっていて本当に有り難いことのひとつは様々な人生に関われることだ。勿論その付き合いには濃いのも淡いのもある。

「保険屋」扱いしてくる人には勿論こちらも深い付き合いをしたいと思わないが、おもしろいのは「敬遠されているかな」、と勝手にこちらが思っていても実はオイラの事を深く信用してくれ気に入ってくれている人もいる事だ。

その時は、何でも決め付けるのはいけない、と心から反省する。

明らかに失礼な態度を取られない限りこちらから了見を狭くすることは無い。

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先日はそんな事を考えさせられたちょっとした事があった。

足立区のお客さん。60くらいだろうか?大人しい小柄な方だ。

結婚されてなく、80歳を超えたお母さんと、殆ど家にいない70歳のお兄さんの3人暮らしだ。

その人も兄さんと言う人も皆仕事はされていない。随分前に無くなったお父さまが資産を残していったのだろうか?

ところが先日お邪魔した時には、去年はお元気だったお母さんが亡くなられた、との事だった。

85歳だったと言う。いつもは大人しい方が随分饒舌にお話をしてくれた。保険が終わっても、ずうっとお母さんのことを話していた。

まるでオイラに一緒にいてくれ、と頼んでいるように。

その時に今まで全く濃い付き合いをしていなかったオイラに何でそんなに話してくれるのか、とちょっと意外だった。

本当にこの方は、大人しい人なのだ。どんな声だったのか全く覚えていなかった程。

そこで繰り返していたのは、こんなにお母さまが急に逝くとは思わなかった、と云う事だ。

しかし85のお母さんだ、自分も60を超えているのだから、それを考えなかったのだろうか、と不思議にも思う。

人間は残念ながら先のことは分らない。細木なんとか、がどう言おうとやはり分らないのだ。

だから人は想像力を駆使して自分に起こるであろう事に思いを馳せるしかない。

このまま行ったら、どんなことになるのだろうか。という事を想像力の限りを使って考えなければいけないのだ。

勿論人生には不慮の事故もある。そんな時には覚悟を決めなければいけないが、案外それ以外のことは人間には予知できるのではないだろうか?

何故なら、未来はもう既に、ここにあるからだ。

芽という形で未来は、ほら、そこにある。

その芽、兆しをオイラたちは増幅して考えて未来に思いを馳せていくんだ。

そういえばあの足立のお客さんは、周りの事にも殆ど興味を持っていなかった。

「となりの田中さんのお婆ちゃんですけどね、」と振っても田中さんを知らなかった。

そこに40年も住んでいる、人が、だ。

その人はたまにくる保険屋さんの他に話す人がいなかったんだ。

亡くなったお母さんがキッチンに立っていた姿をオイラはよく憶えている。

60過ぎまでその方はそのお母さんに飯を作ってもらっていた。

そして今、その方は食べに行くのもおっくうだ、と即席ラーメンを食べている。

自分を傷つけない為にだろうか、自分の人生を見えない壁で囲ってしまった人生のように見えた。

どんな苦しい事が待っているかもしれないが、人間は未来を創造することをやめてはいけない。

そしてどんなに傷つけられても、人は人と関わることを、決して、あきらめては、いけない。

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Good Job, Amazon.com!

アメリカのマックで一度でも買い物した事のある人は、信じられんほど不快な思いをした筈だ。

だいたい120kgはありそうな黒人の姉ちゃんが、訛り丸出しの英語で、この上なく不愉快そうな顔をして上から目線で注文を聞く。

そういう姉ちゃんに限って、人の英語の訛りには敵対心をもっている。だから英語が聞き取りにくかったりすると店中に響く大声で「あんだって?あんた何ていった?!」とがなりたてられる。

マックにいくだけでこれほど不愉快な経験ができるってのは、呆れるのを通り越して笑ってしまうほどだ。

同じ事はアメリカの通販で買い物をしていてもある。クレームを入れても、殆どの場合無視される。注文する時はホイホイ言ってくるけどな。

しかし、先日、Amazon.comで買った商品に間違いがあったのでお客様係りに連絡をした時は全く違った。

土曜だったから、アメリカが月曜になるまで、だから3日ほどは待たなくてはいけないだろうし、大体返事が来ればめっけもん、くらいの気持ちでクレームを入れたんだ。

しかし、対応は素早かった。2時間後にはメールで、丁寧な謝罪と適切な処理が報告されてきた。舌を巻くほど見事なクレーム処理だった。

このAmazonのクレーム係がアウトソーシングされたインドの人間なのかどうかは知らない。

しかしこれでAmazonはまた一人熱烈なファンを作った事は確かだ。

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TOEICについて

1月14日にTOEICの試験。

まったく緊張感が無い。準備もまったくしてまっしぇん(キッパリ)。

別に点数が悪かった時の言い訳ではない。特に準備が必要じゃない事を知っているからだ。人間ドックのようなもんだな。瞬間風速的に体調をよくして人間ドックをうけるのは全くの自己満足だ。それが生活習慣になって無ければ意味が無い。

TOEICはサラリーマン時代から5回ほど受験したが、その客観性には驚いている。面白いように自分の実力が正確に反映するようだ。

なぜそう言えるか、というと英語を勉強しなかった3年間の始め、と終わり、にそれぞれ受けた時は点数が変わらなかった。

それから奮起して勉強し始め一年ほどしてまたTOEICを受けたら100点ほど上がっていた。

一部には2006年の6月に改正があって以前より難しくなった、という意見もあるようだけど、どうなのかな。

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TOEIC970宣言

新年早々、眼鏡をどこに置いたか忘れ30分捜しまくった男です。

視力が0.08と日本の公定歩合並みに低いので捜すのも大変だ。老眼を待てば中和されるのか。

さておき、元々資格というものには興味が無い。それは資格を発行する所が人間を囲いこむ事で収入を得る為のカラクリの一つだ、と言う事に気がついているからだろうか。

だから、資格で収入を得る、という考え方には与しない。収入を得ているのはその資格を発行している所か、その周辺産業だ。ゆめゆめお間違いなきよう。

ただ、その資格をビジネスに補助的に使っていく事には価値がある。

俺が大学を出ることの価値に気がついたのは実は社会に出てから随分経ってからだった。ただし、その人に見るべきものがあって、”取るに足る”ものがあって始めて効く。

味の素、のようなもんだな。資格=うまみ成分説。どうだろう。

ところで英語を趣味でやっていたときは、漠然と英検1級を取る事が目標だった。なんせ、英語の資格ではその頃はその上が無かった。その上が無いものを取るのは単純に気持ちがいい。

今、自分の英語資格は、英検1級とTOIEC945。趣味でやっていたときは何の意味も無かったが、翻訳家、なんていわれるようになってからは注目する人もちらほら出てきた。

それなら、もうちょっと上を目指すか、と言う生来のお調子者の気が出て軽いノリでまたTOEICに挑戦する事にした。

今度の目標は、TOEIC970点。

いつもは何の正解も無い世界を手探りで進んでいるせいだろうか、単純に楽しい。

ワクワクする。行く道が分っていて、具体的な答えが出ること。

実は、こんなことは実社会では殆どない事だ。一直線に邁進できる事はこんなに嬉しいのか。大学受験のときに気がつくべきだったぞ。

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たかが英語、だろ

最近、ちょっと鼻につくCMがある。

白人のオッサンがジャングルジムに挟まれて英語で助けを呼ぶが、そこにいた日本人の女性は英語が分らない、と逃げてしまう。

そうか、そうか。英語が分らないと大変なのね。

って、ここ日本じゃないか!大体日本にいるくせに日本語を全く喋れないほうが遠慮してしかるべきなのに。この国では英語が喋らない事がそんなに恥ずかしい事なのか?!

しかし、この国にいる外人さんは大変だ。

助けを呼んだ相手が英語が分らなければ、助けてももらえないんだからね。

俺ならいやだな、そんな国。

だいたい外人が英語を喋るという決めツケがおかしい。フランス語やスワヒリ語やコリン星人語とか、世界には言語が数限りなくある、っつーのに。

英語によけいなイデオロギーや憧れをくっつけすぎている、だから面倒くさい事になる。

英語は確かに世界を広げてくれる。それは俺が保証する。

でも、次に人がジャングルジムに食われているのを見たら、思いっきり日本語で叫びながら助けりゃいーんだよ!

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男の甲斐性

この何日かで、対照的な二人のお笑いの番組を見た。

一つは、「さんまのまんま」。

まんまなのは良いけど、ちょっと調子に乗り過ぎたいんじゃないの?

特に長澤まさみとのからみは、あまりにこの男の「素」が出ていて、正直きしょく悪くなった。

もう一つは、太田光のなんたらっていう討論番組だ。

笑いの世界にいる筈のこの人が、こんなに真摯に真正面から憲法第九条について語っていたのは驚いたのと同時に感心した。

いや、尊敬した。

もしかすると、この人の一番やりたいことはこれだったのではないか、と思った。

お笑いという世界で一流になったが、もともと彼は自分の思いを発信する事に誇りと楽しみを感じる男なんだ。 その自己表現の手段が、たまたまお笑いだった。

そして、自分が有名になった事で、更に自己表現をする意味が出来た。

そうなのではないだろうか?

人は誰でも、メッセージを発している。誰でも、だ。

さんまは、はからずも自分だけは何をしても、又、何を言っても許される。いや、それどころか、愛される、と50の男にしてはあまりにも幼稚な俺様メッセージを発信していた。

そして太田は、殆ど笑いの無い、ただただ真摯で、そして勇気あるメッセージを発信していた。

彼らのメッセージは多くの人に届く。殆どの人のメッセージは誰にも触れることなく消えていくというのに。

何で私が、さんまのメッセージにこれほど不愉快になったのかは自分でも分らない。

でも、あれだけ娘のような年頃の女に媚びているそのベースに、冷たい、女を馬鹿にし切った本音を見透かしてしまったからかもしれない。

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アメリカのマーケターのえげつなさ

この間、友人と話していたら、こんな事訊かれた。

「アメリカと、日本人の一番の違いって何かね?」

そりゃ人によって色々あるだろうね。

一つ確かなのは、アメリカの多様性だ。日本は均一、とまでは行かないがまだ平均、て奴が意味を持つ。だけど、アメリカは殆ど平均値を知っていても意味が無い。

それほど、ばらつきがある。そしてそれこそが、アメリカの魅力だ、と僕は思う。

そういえば、友人のバーブが、「日本人って美しいわね、アメリカ人ってどうしてあんなに皆太ってんのかしら?」って言っていた。

。。。。。。。というのは今は昔だ。日本人も、随分肥えて来た。昔は皆やせていて精悍な人が多かった。

しかし、それでも日本人の方が「平均して」美しい人が多い、というのは未だ正しい(様な気がする)。 アメリカのどの都市を歩いていても、ハリウッド女優並の美女はそれほど多くは無いが、東京ではかなりの確率で美女が見られる(気がする)。

それで、今日の話題だ。

商売をしている自分からすると、日本人とアメリカ人の差は、そのえげつなさ、というか、容赦の無さ、だと感じる。

それは彼らのほうが、残酷だ、といっているわけでは全然無い。

ただ、これでもか!、って言う所は我々より随分旺盛に持っている。

例を挙げようと思ったのだが、全然思い浮かばない、ので一つ具体例を挙げよう。

おいらの好きなアメリカのマーケターの一人に、Paul Hartunianっておじさんがいる。

この人もかなり、いかがわしくて、えげつないが、どこか陽性で突き抜けた明るさがあって憎めない。ヤンチャなアニキという印象だ。

Paul Hartunianのサイト⇒ http://www.nichepublicitymanuals.com/#top

面白いのが、最近彼が出版した本だ。

彼は、いかにして金をかけずにメジャーなメディアに自分を売り込むか、のプロだが、それについての指南の本らしい。(読んでないから内容は分らない。だって、高いよ、一冊8500円くらいする。)

凄いのは、その数だ。ファイナンシャルアドバイザー向けとか、写真家向けとか、セミナー講師用、とか、殆ど内容は同じなんだろうが(!)、ターゲットを変えて、

何と52点も出している。 こらっ!

それも一冊あたり8000円以上もする本だ。

ニッチを狙う事。そして同じ題材を使いまわす事。

これらはマーケティングのイロハだが、ここまでやるとはねぇ。

ちょっと、笑えるが、えげつないのは確かだ。

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クマエリ?

もう何年も前、ニューヨークのダイナーで飯を食っていた時だ。場末の何の変哲も無いメシどころだったが、2人のニューヨーク・コップが笑いながら入ってきた。

ああ、彼らもメシを食べるのね。と思っていたが、彼らが店の奥から引っ張り出してきたのは、黒人のおじさんの死体だった。

あまりにもにこやかで楽しげな彼らの様子と、そのあまりにも日常とかけ離れた事件性が、おいらの頭の中で暫く整理が付かず呆然とした事を憶えている。

それからだろうか?ハプニングの神に魅入られてしまったのは。

この所も順調に「一人ハプニング大賞」は続いている。

食中毒に、携帯電話紛失、おまけに駐車違反、と考えてみれば自分が悪い事ばかりだがハプニングにはちげーねぇ。

しかーし!そんな中でも今日観た光景は強烈だった。

仕事帰りにツタヤに入る。車を止めようと思ったが、隣の車から何か煙が出ているような気がして、結局ちょっと離れたところに停める。

それから1分もしなかった。さっきの車から勢いよく煙が噴出してきた。

やべぇ、と思い店に駆け込んで消防車を呼ぼうとした瞬間、店の兄ちゃんが血相変えて出てきて、「危ない!あぶない!離れてください」と叫んだんだ。

数分もたつと既に煙はもうもうと噴出していて、ついには車が炎上し始めた。

爆発の恐れもあるので随分離れたところからそれを眺めていた。消防署は隣にある、っつーのにぜんぜん消防車はこない。

消火をしようにもどうしようも出来なかった。

そうこうするうちに店の周りは見物人でごった返してしまった。

警察と消防がくるまでに10分も掛かったろうか?しかし堂々としているっちゅーのか、随分落ち着いて消火をしたもんだ。

可哀相に車の持ち主は呆然としていた。そりゃそうだ、立ち読みしている間に自分の車が炎上するなんていうのはどう考えても想定外のハプニングだろう。

こう考えると、世の中は何でもあり。どんなことでも、起こりえる。そう考えて、ある種の覚悟をしておくしかなさそうだ、と改めて思う。

こんなこと、ありえない!と目の前の事を受け入れられなくてパニックに陥る。(正常性のバイアスという) そうなってしまう事の方が危ない。

そして自分もその一人で、偉そうな事はいえないが、人間は他人の事には冷酷になるって言うのも改めて身にしみる。楽しい事件の一つ、にしか過ぎなくなってしまう。

いい悪いではなくてこれが人間の心理なんだから仕方ない。自分の身は、ヤッパ、自分で守るしかなさそうだ。

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仕事をしながら、ふと思う事

関東地方もやっと夏らしくなったね。

僕は、夏の夕暮れ時が好きだ。

空気がちょっと薄いような感じ。アスファルトが燃えている道路。せみの声。オレンジ色に耀いている夕日。子供たちの弾んだ声。ゆかたで歩く少女。そして夏の匂い。

どれをとっても全てが懐かしい感じがする。

そしてその夕暮れは饒舌に僕に語りかけてくる。多くのかけがえの無い思い出とともに。

何十年も前。北区の十条と言うところに住んでいた事がある。

まだ、若かった父が僕の手を引いて丘の上の公園に連れて行ってくれた。その場面を僕は未だ、そして恐らくは死ぬまで憶えているだろう。

父の手の温かさ。あの時も夏の匂いを感じていたような気がする。そこから見た夕日。あの夕日は今の夕日よりも、確かに、でかかった。

人は、どんな人でも、こんないつもは忘れ去っている素敵な記憶とともにある。そんな記憶こそが、自分では気付かないけれど、その人を支えてくれている。

そしていつか、機会があれば、それを語ってくれるだろう。人が亡くなる、というのは、そんな記憶がこの世から消えてしまう、と言う事だ。

映画「3丁目の夕日」を観たときもあの記憶が甦って、ちょっと心がふるえた。

そして今日は、松戸から野田までのそんなちょっと楽しい、心が弾むような、ドライブだった。

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感動って何?

そろそろですね。

何ってあの「サライ」の季節が。一年に一回くらいしか思い出さないあの歌を黄色いTシャツを着たタレントが歌いまくるっちゅー、あのイベントだ。

実はオイラも24時間のうちの最後の30分は楽しみにしている口だ。思いっきり一緒になって歌うもんね!サライを!

でも、あれもいつの頃からか感動を売りにするテレビになった。あきらかに感動を狙っている。

人生は感動とともにあるべきだ、とはオイラも強く思う。だが感動は与えられるものだろうか、とも考えてしまう。

あのテレビではもう、感動が約束事になっている。

でも感動は約束されるもんではない。大変で詰まんないと思えるような日常の中にふと見つけるもんだ。

あるいは、自分が願って已まない夢の途中で、ギフトのように突然、降ってくるもんだ。

分りきった事はつまんない。

でも、オイラは今年もサライ、熱唱します。(なんのこっちゃ)

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テレビのうそ臭さ

そー言えばね。今日行った営業先の近くにどうにも気になる店があったんだ。

そこの前を通る度にね、いつか行ってやろうと思っていた。

店の雰囲気は、今はファミレスに淘汰されたドライブイン風で、何となくお客さんを拒否している感じが出ている。やたら広い駐車場に車はいつも2台ほどしか止まっていない。

その癖、店の雰囲気はイタメシ屋風だったりする。

だけどその店に行きたかった一番の理由は、その店が昔、みのもんたの「愛のなんとか大作戦」(こんなタイトルでした)に出た店だったからだ。

売れないレストランのオーナーに、その道で有名なカリスマが成功の秘訣を3日で叩き込むというコンセプトのテレビだった。

で、その店のオーナーはカリスマの方ではなくて、売れない方だった。

ま、広い店内にお客は俺の他には一人しかいなかったんだから、それほど流行ってはいない感じだ。

ただ、食べたミートソース(ボロネーゼとか言うんだと!)がかなり美味しかったので、そこでオーナーとの会話が始まった。

ここテレビ出てましたよね?と訊くと彼は、またか、という顔を一瞬して、そうなんですよ、と答えてくれた。とんでもなくいやな記憶だ、とでも言うように。

無礼にも俺は、「でも何でそれを宣伝に使わないんです?どこにもそんな痕跡ありませんよね」、と言うと、あまりいい思い出じゃないもんですから、とも話してくれた。

口数の少ない感じのいいオーナーだったが、訥々と話してくれた内容は本当に同情すべきものだった。

テレビ的に面白くする為に、必要以上に貧乏たらしく見せたり、負け組み感を出そうとされたらしい。自分だけならいいが家族に迷惑をかけた、と言った彼の気持ちは痛いほど伝わってきた。

そして師匠役のカリスマシェフも、カメラが廻り始めると途端にスイッチが入り、必要以上に罵倒したという。どうすればテレビ受けがいいか、慣れているのだ。

テレビ的、と言うのが曲者だ。そしてそれが真実か、と言えば真実とは程遠い事が多いハズだ。それに、最初から俺はこの手の番組は、師匠役の自称カリスマの宣伝じゃないか、と思っている。

テレビで溢れている、感動や、涙や、罵倒や、争い。その多くが実は何度もリハーサルをしている事を俺たちはわかっておく必要がある。

そして、あのオーナーはちょっと優しすぎる人だ。そう感じた。

店を応援してあげる、というおばさんたちの建前の下の、人の生活を土足で踏みにじる独善に疲れてしまったようだった。

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郵便局にて

葉書を投函しに行った郵便局で。

4歳ぐらいの男の子が泣きそうな声でお母さんを探していた。

「どうしたの?ママを捜しているの」と声をかけたら、そやつ、オイラにこう言い放ちやがった!

「うるせえ、ばか。」

ばか、ですかい。ひさしぶりにオイラだけが(?)知っている秘密をばらされたので思わずキレかかった。

子供相手に腹を立てるオイラも とほほ だが殺伐とした時代になったもんだ。(大げさか?)

須藤元気の「幸福論」読む。精神のベクトルが同じ同胞だ、という感覚を強く持った。とにかく非常に面白い男ではある。

そんな愛すべき男の四国を廻る間中唱え続けられた21万とんで40回の「ありがとう!」とその波動に呼応して次々に起こり続けた小さな奇跡が詰まっている本だ。

しかしこの人の求道者のようなまっすぐな精神の空腹感はどこから来るのだろう?20代の青年が現実逃避からではなく精神的な何かを発見する為にお遍路さんに出た。元気は何を掴んできたのだろう?

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気付いた事

毎日楽しみに読んでいる・ひすいこうたろう・のメルマガ。

人生訓系の天才コピーライターだ。自分の本を出したい人にはこういうやり方がある、と気付かせてくれる。

物書きでも学者でも有名タレントでもない者が自分の考えを伝えるのに有効な方法が、人生訓だ、と思う。しかも手っ取り早く感動を求めている現代にぴったしでもある。

今来たメルマガに、こうあった。

僕が天才になったところで
僕の力をだしきっても、
たかが120%です。

しかし、周りの人たちから
助けてもらえたら・・・・
それはすごいことになるでしょ?

なるほどね!

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えっ、もう帰んの?

今日は、しっかりと午前3:30に起きられました!

勿論、ブラジル戦を観戦するためだ。

結果は、1-4で負けたわけだが、前半の玉田の目の覚めるようなゴールがあってそれなりに楽しめた。

勿論僕のようなものにも、圧倒的な力の差があったのは一目瞭然だったし、日本は横パスばかりでラグビーの試合のようになってしまったのも事実だ。

セレソンの、力の緩急や一瞬にして鮮やかに切り裂くような縦への展開は素晴らしいの一言だった。

日本はきれいで上品なプレーをするとは思うが、えげつなさや何をしでかすか分らないような楽しさはなかった。

身に着けるべきは、やはり、マリーシアか?ズルさ、えげつなさ、そしてしたたかさ、といったような。

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ドイツW杯始まる 勝者はどいつだ?

とうとう始まっちまいました、ワールドカップ。

野球界が何と言おうと、真にワールド、と冠する事が出来るのはこの大会でしょう!

やばいな、また寝不足が続くよ。

明後日はオーストラリア戦。オーストラリアの友人たちと(勿論わが国同胞とも)伝説の店D'sにてフーリガンと化して騒ぐまくります。

いっとくけど日本、ブラジルには勝つよ!後の試合はわかんないけどね。

何故って?サッカーには何でもありだからだ。人生と同じで。

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幸せの値段

もうそろそろ寝っぺかなー、と思いながらも、ふと、テレビを回したら、あの16分で20億円稼いだ、とかいう28歳(現在)の”無職”の男性が出ていた。(テレビ東京 給与明細)

ノリも頭も軽そうなグラビアアイドルのねえちゃんがこの男性に、「彼女はいるか」、とか「異性に興味はあるか」、とか、「あたしはどうか」、とかいったテレビを観ている我々にとっちゃ、究極的にどうでもいい質問をしていた。

あまりの馬鹿らしさに爆笑しちまったが、、、、、

現在、この人の総資産は、130億円を数えるという。

あまり先入観を持って物事を判断するべきではないが、ねえちゃんの軽いテンションとは対照的に無表情なこの人の受け答えを聞いていて面白いコントラストを感じた。

ちょうどこの数時間前に、別の番組を見ていたら、30代の、4人の子を持つサラリーマンが出ていたからだ。年収は、確か、300万円ほどじゃなかったろうか。

なぜ世の中はこんな不公正を許しているのか、なんて無邪気な事を言うつもりは無い。もしそれを言うとしても、テレビを見ている限りでは、恵まれていないのは28歳の青年の方だ。

それこそが驚くべき事だった。

あの4人の子持ちのお父さんは、大変ではあろうが、未来に対する希望も、現在の幸せも全てを手にしているように見えた。

その目は耀いていた。

身に余るほどの巨額の資産を得て戸惑っているのだろうか、青年の目は耀いてはいなかった。(かなり遠慮して書いている。)

だから、金なんて必要ない、なんて言わないよ。幸せとお金、それの相関関係は弱い。さっきのテレビはそれを証明して見せてくれた。

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Jose Kimura と昼飯を

友人のD's Dinerオーナー、ホセ・木村と久しぶりに飯を食う。

おっさん二人。我ながら色気が無い。

この男の正直さがオイラは好きだ。愚痴を言い合う事もあるが、そんな気の置けない付き合いが出来る事が嬉しい。悪口を言っちゃいけない、とか愚痴を言うな、なんてモノの本には書いてある。

そんな事を言うとツキを逃がすからだ、と。

しかし、それを恐れて本音を語り合えないことの方がよっぽど嫌らしいじゃないか!相手への信頼と尊敬があれば、弱音だって時には吐ける筈だ。

二人とも道は違うが起業家同士だ。弱音や愚痴が諦めや逃げ口上じゃない事は直感的に分る。

そしてそんな本音トークの中から案外面白いアイディアが生まれるものだ。

(ホセの名誉の為に言っておくと彼の腕は大変なものだ。アメリカの友人がたまに来日すると真っ先にホセの店にメキシコ料理を食いに行く。何で日本でメキシコ料理?とツッコミは置いておく。)

話は変わるけど、最近面白い出会いが次々に起こってくる。その全てが意味を持っていることがおもしろい。

Everything happens with a reason.(偶然は無い)、なるほどね、と思う。

特に最近、友人のユーコさんが演出してくれた出会いは、面白い。また後で書く機会があるに違いないが、一年も前にその人と会いたいな、とふと思ったのだった。

その人も本を書いている。その本の表紙がオイラを呼んでいる、と思った。そしてぺらぺらとページをめくって『会いたいな』-そう思ったのだった。なぜかそれを良く憶えている。

ユーコさんから、素晴らしい女性がいる、と言われてその女性のHPを見てみた。

そしたら、

そこにその本の著者、と書いてあった。だから本当にビックリしたのだった。

これもまたSynchronicityって奴ですかい、ユング先生!

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男でよかったばい

いやー、今日もいいひーこーが飲めたなー!

起業の先生でもある作野さんの開催してくれたVIPミーティングで、なんすけどね!

東京は神田駅から徒歩7分の所にあるマンダリンホテルの38階でワイワイと楽しい話をする。

みんな個性に溢れた素晴らしい仲間たちだ。

既にメジャーな出版社から著書を出版する事が決まった人も多い。また日を改めて彼ら仲間達のプロフィールをゆっくり紹介しようと思うが、人の話を聞き、自分の考えを述べる事の中でふっと思わぬ事を考え付いたりする。

やはり、会議というのは、視界がパアッーと開けた所でやるとおもしろい。視野が広くなる為だろうか。間違えなく人の気分は見ているものに左右される。

どうしても考えが暗くなりがちな時は風景の開けた高層のレストランに行って見たらどうだろうか。特に富士山の向こうに沈む夕日なんか見たら、つまんない事は一瞬にして吹き飛ぶ、と思う。

余談だけど、ここの便所、最高!下界を見渡しながら立ちション、できるよ。今まで生きてきた中で最高の小便体験の一つだ。思わず歌っちまったぜ!ババンババンバンバン♪なんてなー!

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かおるへ

大切な友人の一人である、かおるさんが最近執着をなくす事を目指していると書いていた。

勿論、生身の人間だから執着から全く自由になる事はできない。それでも、それを目指すのは正しい、と感じる。

それは、諦めや苦しさからの逃避、といったネガティブな理由からではない。僕はある時、人生をより良く、そしてより深く生きる為に執着からできる限り自由である事が大切だと気付いたんだ。

心も肉体も出来る限り軽い方が多くのツキも、気づきも引き寄せられる、って事を僕は直感的に知った。

執着から離れているけれど、あらゆるものと、うーん、何と言うか難しいけれど、つながっているような感じ、それを常に意識のどこかで持っていたい。

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TBSラジオ

TBSラジオがポッドキャスティング、とかいう小難しい名前のサービスをしている。

誰でも、いつでも、昼間の人気番組「ストリーム」を聴けるし、ダウンロードできるって訳だ。

おいら、これで町山ともひろ、って人を知ったがこの人想像を遥かに越えるほど面白い!

ホントに面白いよ!勿論、辛酸なめ子嬢も相変わらず素敵です!

http://tbs954.cocolog-nifty.com/st/cat5524562/index.html

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ありふれた日常の中で

父が車を買うのに付き合う。

恐らく自分の最後の愛車になるだろう、とのたまうが今乗っている車の時もそんなこと言ってなかったか?! ま、そう思って夢を膨らませるのはいいよね。

大人になってから随分たつし、もう当の昔に親元から離れているのだけど、車を選ぶとなるとたまらずに、ホイホイついていく。(仕事もおっぽり出して!)

思えば子供の頃から大好きだった。親父が車を買う。こりゃ、いつも大イベントだった。

興奮して眠れなかったな。

そして、カタログを眺めてはあれやこれや考えるのだ。そうしている時が実は一番楽しかったりする。

ただ親父の方には別の魂胆があるようだ。営業経験が長く、心理学や実学でもまれたせいで、案外おいらは交渉が得意だ。

抜群に上手い、という程ではないかも知れないが交渉というゲームが昔から大好きなんだ。相手の手の内を読み、感情の動きを読み、駆け引きをする。

まったく動かない状況が最後の所でばたばた、と動く。特に保険屋さんという商売柄、そこいら辺の呼吸を読むのは自然に出来るようになった。

だから、全く違う業界に飛び込んで売り込みをするのも、アメリカ人相手の交渉ごとも問題なくこなせた。 二足の草鞋、の効用ってやつだ。

最近は、セールスマンも心理学で武装するようになった。

あ、これはNLPの応用だな、とか、チャルディーニ(Robert Cialdini)の理論を勉強してるな、なんて事は手に取るように分るので、それも楽しい。そして、理論を上手く活用しているな、と感服する時には、こちらもわかっていてどんどんその話に乗っていく。

すごく勉強になるのだ。でも自分もセールスマンであるからして、あまりえげつない事はできなくなった。 相手の向こうに家族や上司の姿をみてしまう。

何とか、ウィンウィンで行きたいな。と、思う。

しかし、楽しいな!車選びって!

*************************************************************

もし、寄付をしたい人がいたら、そして寄付の先を迷っていたら。

こんな寄付先がある。参考にしてもらえたら、嬉しい。

子供たちの力になろう。http://www.savechildren.or.jp/contribute/index.html

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須藤元気のオーラ

須藤元気は、好きだ。

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同じ格闘家でも山本‘KID’とは別に話してみたいと思わないが(いきなり噛付かれそうだ)、須藤選手とは話してみたい。

随分オイラよりも年下だと思うがあの落ち着きは何なんだろう。しかも驕りも感じられない。 不思議な男だと思う。

その須藤選手が、『オーラの泉』に出演した。 それでオイラも始めてこのやけに「濃い」番組を見た。

四国のお遍路さんをやったりと精神世界が好きな変わった男だ、とは思っていたが、想像以上だった。

この男の場合、その事が魅力に幅を与えていると思う。オタクっぽいのが精神世界を語るのではない。 バリバリの格闘家がそれを語るから説得力がある。

以前は勘違いされそうな不思議話を今は勇気があればスポーツマンでも普通に語れる。

つくづく面白い時代だ、と思う。 そしてオイラ、この男が益々好きになった。

・守護霊はいる。それを直接見たことは無いが、間接的にはいつも答えをくれる。

・間接的、とは、例えば広告の中、とか歌の中で答えを見せてくれる。

・シンクロニシティーはしょっちゅう、ある。

・言葉には魂が有る。言霊、というとおり。言葉で入り、行いを整えて行く。

・前世カウンセリングを受けて精神世界に目覚めた。

・ローマ時代の聖人であったビジョンをはっきり、見た。

・偶然は、無い。

・ノッてるときには思いが直ぐに現実化する。

、、、、、、、、だって。

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ディーズ・ダイナーにて

久しぶりにD's Dinerにて。

親友のともちゃんと。

俺の女友達の中でも、ともちゃんは本当に素晴らしい。

話のわかる、凛として、誇り高く、それでいて、人懐っこい美人なんだからね!

参った!何故か、とにかく降参したくなる!

レジリ、レジリ、なんて言っているが、こういう逆境を軽々と克服している女性達からこそオイラは学ぶべき事が多い。

しっかし、ともちゃん、本当に波瀾万丈してるね。

これからも応援してるよ。アニキ!

PS ゆりちゃん、とさくらちゃん。また遊びにきてね!

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フロントランナー:先頭を突っ走れ!

2月18日の朝日新聞の土曜版に知人が登場した。

勝間和代さん。ムギさん、というハンドルネームでネットの世界でも活躍している。

あのWall Street Journal誌にも世界の50人の女性の1人として特集もされている。

凄いね。素直におめでとう、と祝福をさせてもらおう。

この方とは何回かしか会っていない。そしてちょっとした誤解が元で今は疎遠になってしまっている。(二人ともハッキリした性格だからか?)

それでも、この人の素晴らしさは変わらないし、それで僕が祝福を送らない、という理由にもならない。

小柄だが、エネルギッシュで、そして何よりも颯爽とした女性だった。

僕はこういう女性、嫌いではない。どんどん上を目指して欲しい。

記事はココから⇒ http://www.be.asahi.com/20060218/W11/15DNS083.html

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ペットにピラニアってどうよ?

今日の空はどこまでも青かった。

っつー事で、今年がよき年になるよう笠間稲荷にご祈願へ。初めて行ったけど、こじんまりとしていい所だ。しかし置いてあるおみくじが皆200円だったのには驚いた!

高けーんだよっ!日本もとうとうインフレ時代到来か?200円払ったんだから大吉、出してくれっっ!

てな訳で、お賽銭をケチる事になった。(本末転倒だっつーの!)

って、何の話だっけ?そうそう、この前お邪魔したお客様の家の息子さんがピラニア・フリークだった。応接間だけで水槽が6個も置いてある。

ピラニアを見るのは久しぶりだ。金魚くらいの大きさかと思ったがフナぐらいの大きさの奴も居た。指くらいは簡単に食いちぎるらしい。

しかもどの水槽も食いちぎられた金魚やメダカの死骸が溢れていて血に染まっていた。

魚とは言え、見るに耐えない残酷さだった。あの残酷さの中に崇高さを見出しているんだろうか?ちょっときついな。

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呪文って何?教えてくれ!

いやー、ライブドアばっかのニュースに久しぶりにご機嫌なニュースが飛び込んできた。

こりゃ、ここ数年のヒットだね。

って、ほら、やたら顔のつやの良い絶倫フェイスのおっさん(60?)が20代の女性、11人と共同生活してたって奴だよ。

どうやら、呪文を授かりそれを試した見たら口説くまでも無く女性が飛び込んできたという。こりゃノーベル(化学)賞は、このおやじさんに決まりだね。

っで、問題はその呪文は何かっつー事だ。おじさん、いいじゃんか、オイラだけにそっと教えてくれよ。

このブログに投稿して下さいね。オイラしか見てないですから。

じゃなければいっそその呪文を今年の流行語大賞にするってのはどうだ。

って、アホらしくなったのでここいらで、、、、、

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どう!ツイてる?

汐留の高層レストランから見た昨日の富士山は最高にきれいだった。

神々しくさえあった。

その手前にある六本木ヒルズはあまりにも小さく、猥雑な感じがした。

そこで素晴らしいともに教えられた事。

ありがとう、感謝です、そしてツイてる!をもっと口に出す事だ。

おっさんになると小難しい事ばっかり考えて素直になる事を忘れてしまう。素直にもっと感謝する事だな。小難しい事はその後だ。

どう!ツイてる?

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ライブドア・ショックはブログをも

世界大会4位の空道まさわたさんからトラックバックを頂く。同い年の、素晴らしい友人だ。

空道さん、ライブドアブログなんですよね。(笑い)

ライブドア・ブログをやっている人も多いんだな。ライブドアの今後は捜査の展開を待たなくてはならないが、過剰反応をする事は無い。ライブドアを悪者にして切って捨てたトコで何にも残らない。どこがダメでどこが上手くてどこが「おしい!」のか。

気分に流されるのはやめた方がいい。

でもライブドア・ブログは大丈夫だよ。逆に注目が集まっておいしいよ。話題になるしね。

オイラのバイブル、The Godfatherに、ドン(・コルレオーネ)がもう組織間の殺し合いはうんざりだと停戦を持ちかけるシーンがある。

その時のドンのセリフは興味深い。「いいか、停戦の橋渡しをする奴が、裏切り者だぞ。」

人間を『観る』為には賢くなければならないが、ドンに習って言わせてもらうとオイラは、簡単に手の平を返す奴をまず最低のファイルにぶち込む。ヤンチャだったオイラは、ほら言ったじゃないか、と人の失敗を見て得意な顔をする奴もお仕置きした。

人の不幸が大好きな奴がいる。こんな時に手の平を返す奴がいる、ライブドアの株を売り抜けたと大笑いする奴がいる。そしてほくそえんでいる奴もいる。そんな奴を見分ける事だね、そいつはその内、オイラ達の足もすくうよ。

追伸: 今さら言われるホリエモンの胡散臭さなんて、当たり前じゃねえか!普通の奴じゃのし上がれない。只、願わくばホリエモンが日本版ENRON事件を起こした会社のヘッドとしてではなく、日本版Steve Jobsとして、記憶されて欲しい。あの、信じられないほど華麗なカムバックを果たした英雄。Steve Jobsだって大変な曲者らしいがそれでも彼の与えた影響や、あのスピーチの素晴らしさはそれを補って余りある。

ココココ⇒ http://graceunderpressure.cocolog-nifty.com/blog/2005/10/post_67b0.html

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ライブドア・ショック

ライブドア、証券取引法違反で捜査のメスが入る。

全て想定の範囲外、だった。慄然とすると共に自分の無知と無学を思い知る。

まず、こういう社会的な影響が大きい事件は週末に起こるもんだと思っていた。

そして、実際には自分も堀江さんとライブドアの実態について殆ど何も知らなかった、と思う。マスコミに出る虚像としてしか、このとぼけた感じの兄ちゃんを捉えていなかった。

そしてこれ程社会的な影響が大きくなるとは思わなかった。この調子では日本版Enron事件になるのではないか、とすら思える。

こうなって、今までライブドア・セミナーで講師をした事を声高に宣伝材料に使っていた情報起業家はどう思っているのだろうか?手のひらを返して今後一切、その事を封印していくんだろうか。

こうなってから、やはり胡散臭い男だった、なんてしたり顔でいうテレビのお抱え評論家の醜さと同じような軽さがまたマスコミを覆うんだろうか。

この醜さと、軽さは何だ。今になってそういうなら何故、一ヶ月前に言わないのか。その方がよほど人の為になったんじゃあないか?まさか、一日で考え方が変わった訳ではないだろう?

マスコミと偶像に踊らされるのじゃなく常に自分の感性と客観的な情報をもって物事を見ていくこと、オイラが学ぶべき最も大きな事はそれだ。

レジリん棒はこの事件をしっかり見ていく。

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君のストーリーは何だ?

俺たちは、もっと語るべきだ。俺たちのことを。

世の中にはもっともっと語るべきストーリーがある。語ろうとして、躊躇して、飲み込まれてしまうストーリーが。

誰が、君のストーリーは面白くないと言った?誰がそんなもの価値が無いと決め付けれるんだ?

勇気を持って、君の話をしよう。世界が、誰かが、本当に興味を持って聞いてくれるかも知れない。

でもただの事実だけでは、つまらない。それは只のデータでしかない。

君が、それをどう感じたか。そして君の人生にどんな影響があったのか、を語り始める時、それはとても素敵なお話になる。

それが自分の思惑通りじゃなくたって良いんだ。大事なのは、INTENTION、つまりは意図なんだ。結果だけで見ようとすると、思うように行かない世の中だから失敗や、自分の意図とは全くかけ離れたものばかりが目に付くようになる。

意図を実現させるのにもハッキリと上手い下手があるから、大事な物を見失う恐れが有る、結果だけを見ていると。

この先、自分はどうなって生きたいか。そして今どう考えているのか。それをしっかりと見つめる事だ。そしてそれを語る事。それは君にしか語れないストーリーだ。

未来は今、ここにある。それは兆し、という形で、見る人には見えている。ハッキリと。そして、俺たちの未来は俺たちの意図の中にある。

自分の意図、そして思いを語り始めよう。

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To John, My friends- and so, this is Christmas.

Dear Friends:
Happy Holidays!
Here in Tokyo we don't have a white one but very quiet and pleasant
Christmas day.
Many a thing have happened in the Year of the Rooster(2005).
Good, bad, wonderful, terrible, strange, funny.
My good friend John(Ono-Lennon) once sung to me (and you)
"the world is so wrong"-  it seems nothing has changed since.
But I strongly believe WE are getting better even after John wass shot to death
more than twenty five years ago.
Around the corner- a pretty dog is barking!
I know the Year of the Dog(2006) will bring many goodies onto your lives,
And I know that around this time next year we will share how marvelous the 2006 have been.
To John OnoLennon, and my two brothers who I never saw because they passed in their
infantry, I think we owe to them that we will live through life resiliently and blissfully-
now they are gone but watching us from somewhere smiling.
I still Imagine so many things.
Hiro- your friend and staunch supporter.

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Possibility Challenge

俺たちはやれ何がたりない、何が壁だ、やれ時期が早い、と文句ばかりは一人前だ。

だけど、全てが整ったとして、じゃ何ができるか?という段になると途端にいくじなしになっちまう。

英語は俺に多くの言葉を教えてくれたが、シューラーという神父様が座右の銘にしていた、というこの言葉ほど力強い言葉も少ない。

What would you do IF YOU KNEW YOU COULD NOT FAIL?(R.Schuller)

もし失敗する事は100%有り得ない事だとしたら、君は何を成し遂げるのか。

常に、可能性より夢の方が上を行っていなくっちゃ、素敵じゃないよね!

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良き友たちとの1日

東京はこれでもかっ!というぐらい寒い。12月ってこんなに寒かったかなー、調子も今一だ。

それでも今日は、素敵な友たちと楽しい話で盛り上がった1日。やっぱ、週の初めは楽しく行かないとね!

スーパー証券レディー ともちゃんと北千住にて会い、これまたスーパー起業家 作野さんとアシスタントの取次さんと御茶ノ水で会う。素敵な友達と楽しい話をする、こんな幸せな事はない。

忘れていたが午前中には、ミシガンの優先生とも電話でオイラがこれから仕掛けようとしている事を聞いてもらったんだ。

ありがとう、アミーゴス!

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今夜、メキシカンバーの片隅で

_156 いやー皆、最近見ないなー。元気だった?って、オイラがブログサボってたのか。すみません。

得意の言い訳をこくと、オイラに英語の世界を教えてくれた恩人雑誌”English Journal”-こいつの2006年3月号(2006.2.9発売ー書店に予約しましょう)にアル・シーバートの記事とインタビューが載るのでそれの原稿書きに没頭していたのだ。

って、別に時間が無かった訳じゃないけど文章を書くのが面倒になっちまった、ちゅー訳。

最近、ニワトリ化が進んできたのか3日も前のことになると殆ど思い出せなくなる。それでも記憶を振り絞ってこの数日間の実に楽しい出来事を時系列に書くことにする。

木曜日、って事は12月8日、友人のOleg Benesch(オレグ・ベネシュ)来日。美人の婚約者Helena(ヘレナ)嬢を連れての2年ぶりの凱旋帰国だ。この二人は母国語の英語だけでなく日本語も自由に操る。tagata_4_600 特にオレグは英語とドイツ語は全くのネイティブとして話す。                                         

←この方が語学の天才オレグ・ベネシュ氏。恍惚の表情、浮かべてます。こらっ!

そして日本語は、3年半ほどで江戸期の侍の生活についての卒論を書くほど上達した。オイラ、その卒論、読ませてもらったけど、読むのですら大変だった。(とほほ)

やはりどんな言語であっても幼い時にバイリンガルとなった者は、他言語習得にも大きなアドバンテージがあるらしい。英語やドイツ語と日本語は全く違う系を持つ言語システムだがそれでも核になるものは同じだから、という事だ。

オイラのように15歳あたりから真剣に英語を勉強して身に着けた者は、所謂、後期バイリンガルと言われ、オレグの様な真性のバイリンガルとは歴然と差がある。同じく後期バイリンガルとして日本語を身に着けたヘレナとその点で大いに連帯感を感じた。

ともあれ、久しぶりの良き友の来日に、あの伝説の店D'S DINERで楽しい話が出来た。

_155 伝説の店にて。Helena, Oleg, Hooligan & Hiro

                                        

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辛酸なめ子先生のエンゼルボイスを聞きながら

つぶやいてます!

沈黙の女王。

オイラの敬愛する辛酸なめ子先生。素敵過ぎる!

ホントに埼玉出身なんでしょうか?

落ちがない話に引きずり込まれます。絶妙の話の間に唸る事必至。

テンションは高けりゃいいってもんじゃない、って事を納得できます。

このブログも大分たまって来たんで、これを聞きながら最初から読んで見ましょ!

コチラ⇒http://tbs954.cocolog-nifty.com/954/2005/11/113_7763.html

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生きた証

本田美奈子.の死について書いた後のオイラのブログを見た何人かの人からお叱りを受けた。

舌の根も乾かぬうちに随分おちょくった記事を書くだとか、ふざけたコメントをかいているとか。

まぁ、正直言って、ふざけてんのかって言われれば、そりゃ、ふざけてんですけどね!

ふざけてるからオイラが彼女の38歳での無念の死を軽く思っている、という事ではない。

ただ思うのは、俺ら生き残っているもの達は別に死んだものたちの弔いの為に生きているわけじゃない、という事だ。

しおらしくしていても仕方が無い。悲しんだり、追憶したりする事が弔いじゃないんだ。

供養の為にオイラ達の生活があるわけじゃないだろう。坊主でもあるまいし。

ただ、死ななければならなかった者たちに恥じない生き方を選ばなくてはならない、と思っているだけだ。

その人にしか出来ない事をやっていく、それが結果として一番の供養になる、と思っている。

例えば、何らかの事故で一緒にいた友人は不幸にしてなくなってしまったけれど自分は幸いにして生き延びられた、とする。

そうしたら其の時からその人の人生は革命的に変わるはずだ。自分が生きていることの意味を探ろうとするからだ。

そして実は俺ら全員が、気がつかないだけで、その状況に置かれている。死はニュースを見れば溢れかえっている。

溢れかえる”死”って奴の意味をどう掴むのかはオイラ達に任されている。

前にローリングストーンズのミックがブライアンに送った言葉を載せたが、送られたほうのブライアン・ジョーンズは生前こんな言葉を残している。

こいつを見たらもう一度オイラを思い出してくれ。こんな奴がいたってことを。

世界が何を言ったっていいさ。あんたが見たままのおいらを語ってくれ。(Translation by Hiro "Resili" Hayashida)

When This You See, Remember Me

And Bear Me In Your Mind,

Let All The World Say What They May,

Speak Of Me As You Find. (A late member of The Rolling Stones)

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かめむし

カメムシがね、異常発生してます。

おいらん家で。

居心地がいいんだろうか。

来なくていい、っちゅーんだよ!

しかし、やたら動きが鈍いのが笑えます。

可愛いやつだ。しかし、つぶすと臭いんだってね!

死んだ後に臭くして何になるってんだよ!この虫けらがっ。

その間抜けさも愛しい。 なんのこっちゃ。

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本田美奈子.の素晴らしき戦いに捧ぐ

若くして亡くなられた本田美奈子.さん。

いたずらっぽく良く動く瞳が印象的な人だった。

この人でさえ、死ぬのか!

彼女の歌に、つばさ、という歌があったように思うのだけど。

いい歌だった。心に染み入るような。

死ななければならなかった者は、翼の生えた天使として生きている者を見守っている。

生きている者は、死んだ人間の無念を償って余りある生き方をしなければならない。

それが生かされている者の務めだ。

しぃー!静かに!静かに!彼女は死んではいない!彼女は眠ってはいない!

彼女は、人生という名の夢から、今、覚めたのだ!

(ローりングストーンズというバンドが死んだメンバーに送ったという言葉。)

Peace, peace! he is not dead, he doth not sleep,
He hath awaken'd from the dream of life;          (Adonais: P.B.Shelley)

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君の「売り」はなんだろう

面白い友人達がいる。

一人は、心理学徒で、東大の大学院を目指している人だ。よく行くジム スクエアでアルバイトをしているが、バイクを漕いでいると常に面白い話を聞かせてくれる。視点がユニークで鋭い。頭も身体も鍛えられる、中々得がたい時間だ。

もう一人は役者の卵。って言ったら怒られるな!もう立派な役者だ。しかもブルース・リーをこよなく尊敬しているが、芸風はジャッキー・チェンとミスター・ブーを併せたような感じ、というシュールさが売りの痛快な男だ。

しかしこの役者、馬鹿にしたもんじゃない。しっかりとあの"The Last Samurai"にも出演してるんだもんね!パチパチ!

この男に会う前にオイラはラスト・サムライを観たんだけど、始めて会った時に、どっかで観た事あるなー、と思ったほど強烈なハリウッドデビューを飾っているんだもんね!(ま、ちょっと言い過ぎですが。)

この男の撮影秘話なんて抱腹絶倒だもんね。笑いすぎておならがでちゃうほどだ。

トム・クルーズや小雪や真田広之なんていうビッグネームを間近で見た役者なんてそういるもんじゃない。

って、何を言いたいか、っていうとこんな凄い人たちであってもその凄さに気付いていない、っちゅー事だ。

そりゃそうだ、自分のことだ。当たり前すぎて、他の人には当たり前じゃない事も見逃してしまっている。

しかし、こんなもったいない事はない。自分にとっちゃ当たり前だが、他人にはそうじゃない事。そこには黄金が埋まっている。

「売り」なんて、必死に作らなくてもいい。今いる場所を掘ってみよう。黄金があるかもしれないからね!

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朝から、何ですが

秋晴れの今日、気持ちよく目覚めて日経新聞を読んでいたら、いきなり、ちんこネタであった。

日経も開かれたものよのー!と感心していたがよく見ると、がちんこ勝負、の間違えであった。ってな話はどうでもいいが、最近株を始めたお蔭で日経を読むのもちょっと気合が入っている。

株を始めるきっかけは、スーパー証券レディーのマブダチ”ともちゅん”が肩を押してくれたからだ。いつも、人間はノリが大事、つまりちょっとしたきっかけをどう掴むかが大事だと思っていたから、奇貨居くべし、オッケー!てな感じで気軽に始めた。

日経平均はこの2ヶ月で30%も上がっている。とも、に勧められた株も一ヶ月で40%も上がった計算になる。この期間何千万円も銀行においていたってはした金にしかならなかった。それは事実だ。

ただ、株なんてギャンブルだ、というのがオイラの考えだ。それだけ上がるという事はそれだけ下がる確率もある。楽しめる範囲でやる事だね。

とにかく投資にはとても興味があるから、今回はちょっとぐらい損をしてもまず始めたかったんだ。特に今の株は恐ろしく多様性がある(らしい)、株が値上がるぞ、とイケイケな見通しだけではなく、株が下がる方にも賭けられる、っちゅうのだから面白い!

やった後悔ではなくて、やらなかった後悔、それだけはしない、と自分を戒めているのでとにかく投資については真剣に学ばなくちゃいけないと思う今日この頃だ。

しかしいい天気だな!

さあ、皆遊びに出ようぜ!本を捨てて、朝日をあびよう!裸で騒ごう!

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トニー・ブザン講演会

昨日は、久しぶりに品川駅に行った。しかし、港南口に降り立ったオイラはまさに浦島太郎だったね。品川っつーより、The Shinagawaって感じだ。

何なんだよ、これは!ここはどこだ?オイラが10年ぐらい前に通っていた飲み屋なんて影も形もないじゃないか?近未来の都市に迷い込んだのか。と思ったほど変化していた。ホントに寂れた感じだったんだ、昔は。華やかな反対側と違ってまだまだ、港湾労働者が安心して騒げるとこだった。

ドコモがあり、三菱があり、二度と発音できないしゃれた名前のビルがある。そしてエリート然としたビジネスマンは、好奇心一杯できょろきょろするオイラを尻目に一目散に駅に向かって歩いていく。オイラも昔はああだったんだ。

こんな面白いところにいるのに皆気が付いていない。っていうか興味がないんだな。

しかし、あんな海に近いところ、地震があったらどうなるんだろう?くわばら、くわばら。

 って何の話だっけ?

おお、そうそう、昨日は、マインドマップで有名なTony Buzanの講演会に行ってきた。大枚はたいたのは痛かったけど中々面白い話が聞けた。

Tony Buzan(トニー・ブザン)は、前から知っていた。印象は、商売上手な教育家って感じだ。オイラのすぐ後ろの立っていたが、おしゃれで知的、それでいて人懐こい感じの人だ。60代半ばだろうか?

来年にはこんなセミナーをしてみたいと思っているのでいろんな意味でとても勉強になった。トニーの英語は、格調ある英国英語で、アメリカの英語になれているオイラには新鮮だった。実直そうな、女性の通訳の方も好印象だったが、ちょっと誤訳や、はしょり訳が多かった。

それでも十分楽しめるのは、トニーの講演家としての熟練の技(Art)か?

これからの社会はクリエイティビティーが大切になる。

・それは脳に退屈させないで、脳が元々持つ無限の能力を伸ばしていく事だ。

・右脳と左脳を分けて考えるのではいけない。それを共に使っていく事だ。

・両方を使う事で、シナジー効果が生まれ、その力は無限大だ。

・No Limitーそれが我々のポテンシャルだ。

これを、脳細胞にあるシナプスみたいな面白い形のノート取りを実践する事で伸ばしていこうと言う事だ。それをマインドマップと言う。

オイラもたまにやっているが場所をとるのと、汚くなるのが嫌で真剣には、やってこなかった。

只、判ったのは、整然としている以前のノート取りは効果的ではないということ。脳は雑然さを好むんだ。あいまいさや、いい加減さや、猥雑さを好む。その中で、関連付けをしていく。

整然としたものや、きれいに並んだものだけを取り入れて、いい加減や、猥雑を排除していくのは、もともとの脳の働きとは相容れない。

脳の二つの大きな働きはImagination and Association、この二つを最大限に活用する事だ。

しかし、司会をつとめた神田昌典さんの話しっぷりがホントに上手くなっているのも驚いた。やすっぽい演歌歌手のようなファッションも好感が持てる。

神田さんとはまだ、面識はないが色々と話してみたい人ではある。

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ケツネタ その2

いや~、ケツの事が昨日から頭から離れねぇー。

ま。もともとケツの話が大好きというDNAを持って生まれたせいかもしれないけどね。

そういえば、こんなテレビあったね。もう10年以上は確実に前なんだけど。たしかタモリがでてたね。(タモリが非常に喜んでたのが印象的だった。してみるとヤツもケツDNA保持者か?)

アフリカの野生のチンパンジーの話。

子供のチンパンジーが、一心不乱にケツを掻いているんだ。

木の上で。

そしてそやつ、何を思ったかそのケツを掻いていた指を自分の鼻に持っていった。

すると、

落ちた。

そいつ。

まっさかさまに。

考えられるかい?野生のチンパンジーだよ。たいていの臭いには慣れてる筈だ。

そいつが気を失うって、おい、どういうこったい!

怖いもの見たさ、で嗅いでみたくない?ない?

死んじまうかな?ん。そうだ、それを武器に、これからは戦えばいいんだよ。

きっと間抜けな自分の姿に皆戦うのをやめるって。

この映像を覚えている人は語り合いましょう。 かしこ

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美しき魂

アルベルト・アインシュタインは、あなたは何の為に生きるかと問われて、こう答えたと言う。

他人の為です。

ビクトル・フランクルは、アウシュビッツの地獄の体験を生き延びた後にこう言い切った。

我々が、人生に何かを求めているのではない。人生に意義を問うているのではないのだ。実は、人生が我々に人生に何を残すかを問うている。そしてその答えは、自らの生き様で証明する、具体的な答えでなくてはならぬ。

この偉大な魂は、実は同じ事を言っている。

そして、Mr. Steve Jobsは、最もわかりやすい形でそれをオイラ達に教えてくれている。

君だけにしか出来ない事をすればいい。

Funkyな学者 Tom Petersは、こういってオイラを楽しませてくれた。

俺の墓碑銘にこんなのは嫌だ。

トマスJピータース 1942年―いつかの没年

とてつもない事が出来た筈なのに、、、彼の上司がそれを許さなかった。(残念!)

俺が書いてもらいたいのはこんな言葉だ。

トマスJピータース 1942年-いつかの没年

トム。彼はプレーヤーだった。

やられっぱなしだね。なんてご機嫌なセリフなんだ。

成功者になるとか、スターだったとか、金持ちだとか、偉い人だとか、勝ち組だとか、んなこたぁどうでもいいんだ。

プレーヤーとしてフィールドに立ち続ける事。んーそうだな、アジア大会のPK戦で最後まで諦めるという選択肢を持たなかった川口能活のように。

結局はそれだけだ。大事なのは。

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しんやミュージックへ そして自分自身へ

鍵谷メルマガが紹介してくれたadidasのサイト。

http://www.adidas.com/campaigns/impossibleisnothing/content/home.asp?regionID=6

これが最高に熱い。

Nothing is Impossible なんて当然のことは言っていない! 

IMPOSSIBLE IS NOTHING. IT'S JUST AN OPINION.

僕の友達へ。エールの交換だ。

不可能だって?なんだよそれ。

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今朝、ニュー・オーリンズで、

目をそむける事の出来ない現実。

ハリケーン・カトリーナが、破壊しつくしたメキシコ湾岸地域。特に、ニューオーリンズ。そして暴風に破壊され、町の殆どが水没してしまった現地では、略奪、強盗、レイプが横行しているらしい。当に暴動が起こっている、と新聞が伝えている。

ニュー・オーリンズに行った事は、無い。ただ、フロリダ州の、メキシコ湾に面したクリアウォーターという風光明媚な小都市に住んだ事があって、日本に帰国する時はそこからロスアンゼルス(!)に、バス(!)で3日以上掛けて帰ったから通ってはいる筈だ。

ニュー・オーリンズとかビロキシーなんてここではさほど身近には感じない名前も、だからとても懐かしかった。フロリダにいた時には、仲の良かったアメリカ人の友人達が、ビロキシーに遊びに行ったよ、なんて話していたから。

暴動。アメリカでは、それほど珍しい事ではない。これほどまでの規模では珍しいが。

シカゴの郊外で仕事をしていた時、シカゴ・ブルズが連覇した。バーで飲んでいた奴ら全員が盛り上がり、ノリでそこから40km程のシカゴに繰り出すべ!、ということになった。

しかし、高速は大渋滞(同じ事考えるアホは多いらしい!)、3時間で10kmしか進まないのですっかり白けて帰ってきた。何でこんな事を話すかっちゅーと、実はその時ブルズ優勝で盛り上がりまくっているシカゴの街中では略奪が横行していたからだ。次の日の新聞には、Riot-暴動と報じられていた。そのすぐ後(2-3日後かな?)シカゴには行ったけれど、当時大人気だった、Gap やBoseのすう店舗が破壊されただけで、とても”暴動”とは思えなく、大げさだな、と感じた事を思い出す。

今回は、勿論そんなものではないだろう。現地ではとんでもない事になっているのだろう。しかし、ちょっとした事をきっかけにして暴徒化する、という芽はその当時(1992年)から、ずっとアメリカの中にあったんだ。

ホワイト・アメリカしか知らないオイラのようなミーハーにとってはあのディープで黒いもう1つのアメリカの姿に戸惑ってしまう。

正直、テレビの映像を見たときに、これが、今の、アメリカ合衆国の姿とは暫く思えなかった。アフリカか、ハイチあたりで起こっている出来事のように見えた。(ただ、やはり映像の黒人達は殆どが信じられぬほど太っていた。悲しいがそれがここはやはりアメリカだとオイラに認識させてくれた。)

アメリカの社会の分断はここまで来ているのか?正直、その一目瞭然で分かる明確さと、巧妙さに驚く。オイラが映画で見せられ、アメリカに暮らしてさえ見せられている世界とは違う世界にはそこにはある。そして潜在している。

こんなきっかけが無ければ、そして黄色いオイラが確かな感性を持っていなければ見えてこない社会なんだ。

敬愛するポール・クルーグマン教授のエッセイが良かった。

・911テロの前にアメリカ危機管理委員会は、3つの起こりうる大惨事を挙げた。1つはNYのテロ攻撃。2つ目はサンフランシスコの大地震。そして3つ目がニューオーリンズのハリケーン。そして3つ目が最も甚大な被害をもたらすと指摘されていた。

・しかし911テロ後の国防の流れの中でそれに対する準備はおざなりになった。

・被害を受けた家族に何故避難しなかったのか、という声がある。避難を拒んだ訳ではない、避難できない人々だったのだ。余りにも貧しく、或いは病んでいたからだ。

・僕【クルーグマン】に言わせれば、この国の政府は政府がやるべき最も大事な事に真面目に取り組んでいない。それは国民に安全と、何かあったときの救済を提供する事だ。戦争には真っ先にすっ飛んでいくが。

全文は、ここを読んでください。(英語)⇒http://www.nytimes.com/2005/09/02/opinion/02krugman.html

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高い所って、す・て・き

ph02 あっという間にアマゾン・ベストセラーになった「CD起業」を上梓された作野さんと、名古屋に続き東京での歌手デビューが決まったAYAKO嬢 と3人でパワーランチ。

場所は、汐留の高層ビルの中にあるレストランだ。とにかく42階からの眺めは格別っす。オイラは大事な友人しかここには連れて来ない。銀座や皇居を上から眺めながらバイキングを食っていると何か天下をとったような気になる。

特に大きな企画を考えるにはこういった開かれた空間は脳にもいい刺激を与える。オススメっすよ。ランチならそれほど高くないし。

まだまだくそ熱い東京砂漠ではあるが人生を愛し、大きな夢を語りそれを実現させる気概に満ちた友人との楽しい時間は、爽やかな忘れがたいひと時になった。

作野さん、AYAKOさん、今日話した事をオイラは忘れません。近い将来、今日語り合った夢がどんな素敵な偶然に助けられて実現して行ったのかを又分かち合おうね。その時に、又、今日にもまして、人生って素晴らしいって思えるんだよね、きっと!

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8月9日

病人の上に、女子学生の上に、生まれたばかりの赤ちゃんの上に、新型の爆弾が爆発し一瞬にしてその全ての命を奪ってから60年が経った。

オイラの親父はその長崎で被爆している。8歳だった。勿論生き残ってくれたからオイラがここにいる。

人間は、とんでもなく能天気で忘れやすい動物なのでほんの60年前に確かにオイラの親父やじいちゃんやばあちゃんの世代の身に起った事さえ忘れ去っている。

8月9日付の朝日の声欄に、凄まじい投書が載っていた。被爆した全身やけどの女性の体に数百匹のウジ虫がたかり、その女性は狭い防空壕の中で半狂乱で泣き叫んでいた、と。

信じられるかい?今、クーラーの聞いた部屋でテレビを見て、アイスを食べているこの時代の、ほんのちょっと前にそんな亡くなり方をしていった何百万人の方がいたことを。(そして、今も。)

オイラも偉そうなことは言えない。言う資格も無い。ただ、言わねばならないことは勇気と覚悟を決めて言っていかなければいけない、と信じている。

真の生活は、見たまえ、君の近くにある。それは君の芝生の花々の中に、君のバルコニーで日向ぼっこをしている小さなトカゲの中に、愛情を込めて母親を見つめている子供達の中に、また、家族のもの達が身を養い、愛し、遊ぼうと試みているあの小さな家々の中にある。これらのささやかな運命以上に重要なものはない。ただ、人間はいかにも欺かれやすい。定義もされないいくつかの言葉のために、人々は殺しあったり、迫害されている、と思い込んだり、憎みあったりしがちである。君の力の及ぶ限り、人々を真の生活へ、単純な喜びと愛情へ、立ち返らせてくれたまえ。

(アンドレ・モーロア)

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Waseda Revisited

1 大学時代の友人が鹿児島から出てきたのでもう一人の友人を加えて3人で会う。

大学での待ち合わせ。大学に行くのは何年ぶりだろう?昔の彼女と付き合っている時に歌舞伎町で飲みすぎて電車が無くなり、何となく2人で新宿から歩いてきて以来だろうか?それだってもう10年以上前の話だ。

土曜日だというのにオープン・カレッジとかで(何だよ、それ?)多くの学生がごった返していた、この、なんちゅうかアメリカのおしゃれなキャンパスと対極にあるような雑駁さは全く変わっていない。(アジアですな)

年寄り臭いことは言いたくないが、オイラよりずっーと若い学生達は弾けていて、きらきらと輝いているように見えた。オイラも弾けていることでは負けないが、どちらかというと最近は”ぎらぎら”した輝きに変わっているようだ。(哀)

20年前、何も考えずに通っていたキャンパスがこんなにも懐かしく思えるのか!     今思い返して見ると、ここで当時思っていたこと、そして志を立てた事が今でもオイラを支えてくれているんだ。今までも、そしてこれからもこのキャンパスがオイラを見守ってくれている、と思った。大隈講堂を見上げていたら思わずこみ上げちまったよ!

今は、あの頃から2倍の年をとっている。そして恐らく今の倍の年になるまではオイラはとても生きてはいないだろう。すっかりおっさんになったオイラの友人達(他人事じゃありません、が)と輝いている若い後輩達のコントラストにちょっと感慨深いものがあった。

一つ確かな事: 年月は過去ったのではない。我々の中に積み重なっているのだ。

Ah, but I was so much older then, I'm younger than that now.(Bob Dylan)~あの頃の僕はとても年をとっていて、今の僕には弾ける若さがある。『マイ・バックページ、僕の裏の頁』

しかし早稲田も美人が増えた。こりゃたまになんぱに通うかな!お兄さんと付きあわない?、なんてな。いえ、これマジに言ってます。

Stay Hungry. Stay foolish.(Steve Jobs)                   

http://graceunderpressure.cocolog-nifty.com/blog/2005/06/steve_jobs__4b84.html#comments

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前歯が折れました

前歯が折れちまったんですけどね、、、熱中スカッシュの練習中に。相手の人のラケットが口に当たってポキッといっちまいました。笑い

上手い具合に折れて(?)くれたんで、お金もそれほど掛からずに後数回の通院で直る見込み。

しかし、ホントにあれっすね。前歯の欠けた顔っつーのは貧乏臭いアホ面になりますな!負傷したのが水曜の夜だったんだよね。っつー事で木曜は歯医者のハリデー(全員一緒に休むな!)、丸一日半アホ面の変態フェイスで過ごした。

土曜は久しぶりに学生時代のダチと会う為、日曜からスカッシュ再開しまっせー。スクエア様宜しくお願いします。

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Earth Shakin' Baby!

松戸は凄い地震があった。家(うち)は本や、CD、DVDなどなどがあふれとるので、大変な事になった。保険屋さんの性分か直ぐに千葉に住む何人かのお客さんの顔が浮かび電話をして確認しようと思ったが、ま、何かあれば携帯に掛かってくるだろう、と思いとどまった。

ホントに地震は忘れた頃にやってくる。大げさだが、今日はマジにヤバイ、と思うほど強い揺れだった。スポーツジムのタワー式駐車場もその揺れで止まっていたほどだった。

しかし、地震、雷、火事、親父というが最後の項目だけは全く怖いものではなくなった。怖いものと言うよりは、切ないものの代名詞になってしまった。だけど、親父を災害と同じレベルで見ていた時代があったのは面白い。英語では台風に女性の名をつけて呼んでいたが(今は男の名前もある)それと同じ様な感覚か。 爆発したら誰も手がつけられない、みたいな。

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筋肉痛が痛いっ

ってホントにそんな感じなんすよ!筋肉が痛いじゃないね。こりゃ。やっぱ筋肉痛が痛いっちゅー感じだ。そんな事ないですかい?頭が痛いときなんか。頭痛が痛い!て感じだよね!

で、なんでこんな事になっちまっているか、というと夏に向けて(遅いっつーの)ココ何日か毎日ジムに通っているからであった。可愛いネーちゃんがいるからでもなく、(汗臭い兄ちゃんなら一杯いるけど)ただひたすら自分の体と向き合う為に通っている。と言うとかっこ良いがまず腹回りの内臓脂肪を落とすのが当面の目的だ。

しかし今日は本当に昨日からの疲れが取れない。昨日もたいしたワークアウトをしたわけではないのに疲れが澱のように溜まっている感じだ。しかも最近特に固くなってきているケツの筋肉もすんごく張っているような気もする。こんな感じで人は朽ちていくのかなぁ、なんて人生の無常を感じてしまう程だ、大げさだけど。

こう考えると工藤きみやすは偉いな、未だに現役バリバリの巨人のエースだ。殆どのおっさんは自分の体が20代と変わらないと思いこんどるがそりゃ、体を動かさないから気が付かないだけだ。ちょっと無理をするとよる年波を思い知る。

でも工藤も清原とは違っていつも力が抜けているような気がする。精神も肉体も変な力が入っていない、長持ちの秘訣はそこいらにあるんだろうな。

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橋本真也の早すぎる死

参っちまうなー!今度は橋本真也か、、、、、これからやりたい事がいっぱいあっただろうに。オイラと殆ど年も変わらないじゃないか。

この前のコリー・ルドルの死でも思った事だけれど、橋本といいちょっと前のアンディ・フグといいあんな活きがいい男達が死んでしまうと愕然とする。死が重いからではない、実はその逆だ。誤解しないで欲しいけど、死が余りに軽すぎる感じがする事が衝撃なのだ。

余りに死と言うものが、突然、軽々と、やすやすと、僕らの生を乗り越えてやってくるような気がして。

保険の仕事をしていると、例えば一年ぶりのお客様のところへ伺って、その方が亡くなっていた、なんてことはたまにある。勿論、悲しい事もあるが、それ以上に驚き、という感情の方が強い。え、あの人が、、、、、驚くけれど、それからホンのちょっと経てばまたいつもの時間に戻ってしまう。

そんなおいらが、死というものを生々しく感じたのは。同僚のT君の親父さんが亡くなった時だ。Tからその親父さん、信心深くて毎朝早くからご先祖に念仏を上げている事を前から聞いていた。

亡くなった後、ご焼香をさせて貰っている時、急にこんな感情がこみ上げてきた。『今までこっち側で拝んでいたあなたが今はそちら側に行ってしまった。もし魂と言うものがあるのならどんな気持ちで今それを見ているのだろうか?』

Tの親父さんの優しくてダンディな姿を思い出して暫く胸が詰まる思いがした。

合掌。(早すぎる多くの死に。そして全ての死はちょっと早すぎるのかもしれない。)

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坂本 竜馬、か。

今日はやけに痛い足裏マッサージを受けに草加に行く。

7月に入り急に涼しい日が増えてきたのはどういう訳だろう?少なくとも蒸し暑さは無い。

またこの所愛読している浅草キッドの悪童日記が快調なのに気を良くする。しばらくは全く更新されていないようだったけれど。ずっと玉袋 筋太郎の誕生日の告知が載っていた。どうでもいいっちゅーの!ホントに!

水道橋博士は同じ学年なので親近感もあり、又手放しで応援したくなる。もちろんリスペクトもある。

そこで載っていたのが、博士 「竜馬が行く」を読む、との記事だった。僕も坂本竜馬は最も好きな歴史上の人物だ。ナンテ魅力的な男なんだ、と手放しで思う。誰でも日本の正しい少年達はこんな男になりてぇ!、と一度は思ったんじゃないだろうか。あの行動力、人間力、志、風貌、全てずば抜けている。そしてこの男、何となく軽さがある、存在が弾んでいる。優しさが滲み出ている。

42の男が32で逝った好漢の伝記を読む。そんな気持ちは痛いほどわかる。僕ももう一度竜馬に会いにいこう!

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ユングはサイキック?

ちょこっと前になるんですが。いとしの辛酸なめこ嬢がTBSラジオに出ておられた。そこで歌舞伎町のホストクラブ愛に潜入した時のことを語っていたが、突然、あそこには悪い霊が多くて金縛りになった、てな事を言い出した。

キャラ的にはOKだけどね。だってそう言われてみれば霊媒体質っぽいもんね!面白いのはいきなりオカルチックな話をしたことだ。他のパーソナリティは、ちょっと引いていたが、こういう話はどんなシチュエーションで出てきても受け入れるのが正しい。

こんな事を臆面も無く言い出せるキャラなのがうらやましい。普通のオッサンがいきなりこんな話をしても引かれるどころか、おかしいんじゃねーか、と思われるのがオチだもんな。しかし、言わないだけでその人がとんでもない超常現象をしょっちゅう体験しているかも解らないしね。UFOに乗った事があったり、相手の性生活をバッチリ透視出来たりね。

僕らは自分の立場を考えて言うべき事を自分で制限してしまう事がある。特にオカルト的なことは。でも例えば、あの大心理学者ユングは、サイキックだった、と言う人がある。彼にとってはそれこそシンクロニシティなんてもんは日常のことだった、と。

細木和子を見ているとうそ臭いが、それでもオカルト的なものにはとても興味があるし、受け入れて行きたいとも思う。

実際にかなりシンクロニシティを経験しているからかもしれない。

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脱力してまーす!

ラジオを聴いていたら、乙葉が出ていた。っと思ってたらニュースキャスターの久保純子様であった。癒し系(というかアホっぽい、がオイラは好き)を売りにしている筈の乙葉が随分賢い事話すなぁ。人間って凄い!と思っていたらクボジュンだったとは、、、、、この二人の声が似ているとはねえ、、、、、どうでも良いこってすが。

松戸は昨日よりは涼しいです。

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イジメの傷あと

何かだんだん蒸し暑くなってきたぞ!部屋の中がかび臭くなって、何か知らんカユミがでてくると、もうそこは夏!

夏っ!

っつってもワイハのような良いもんじゃなくて、アマゾンのような熱帯性気候だね。ウチは。今日は、6号線から環七に入り、西に向かってひた走った!年に一回の中野詣で!

遠いっ

中野に行く前に葛飾のお客様のところに寄っていったんだけんど、そこの奥さんが今はもう24歳になる息子の事を話してくれた。小学校時代に酷いイジメに有って今でもその傷が癒えているかどうか心配だ、と話してくれた。

トラウマっちゅうのは、本当に残るらしい。オイラだって小学生の時に溺れて知らないおじさんに助けられて九死に一生を得たのを未だに体で覚えているもん。こりゃ一生消えないのかね。たまに夢でも見るぞぃ!

という事は、それを癒すことよりも、そのことで自分が成長できた、と思えるようなプラスの方向で考えた方がいい。いじめた方は本能のままに弱い物に八つ当たりしているだけだから、そんな事はとっくに忘れているけれど、いじめられた側はそれを心の傷としてずっと長い間引きずっていく。いじめた方には、何も残らない。イジメられた方には、悔しさや自分の内面を見つめる目、他人の内面を見つめる目が育っていく。(願わくば)人の心の痛みに共感できる慈しみのこころも育っていく。

イジメられていた人の中から大成する人も多い。だが、いじめた方の奴は。八つ当たりで他人を傷つけて憂さを晴らしているような奴は。そんな奴に何が出来るって言うんだ!そんな心根は50になったって60になったって変わらない。いい年になった今、心からの反省を込めて思う。てめぇの辛さを人に転嫁する奴なんぞはクズだね!

いじめられた腹いせに爆弾を投げつけたバカがいた。ホントにバカだよ!お前さんがそんなことしなくても、そんな奴らはやがて自分の心に自分で爆弾を投げるようになったさ。

オイラがこんな事を考えるようになったのは、オイラが3年前に幹事をやった時からだった。何人かの級友は決してクラス会に来ることは無かった。そして、それはおいら達が何の考えも無く無邪気に彼に言った言葉や態度をイジメだと感じていたからだ、と言うのを人づてに聞いたからだ。特にオイラには昔から無神経なところがある。それを聞いてショックだった。他人事ではなかったんだ。イジメは目の前に、そして恐らくはおいらの中に、あった。

、、、、、、この話はココで筆を折る。どんどん暗い方向へ行っちまいそうだ!

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勝君は弟のシャドーなのか

若貴の兄弟を見てまるで『トルーマン・ショー』のようだ、と言ったのはキッチュだったか。生まれた時から日本中に注目されてきた。だいたい、いい大人になっても子供の頃の映像がバッチリ残ってるんだから辛い。普通ならあんなやんちゃな頃の兄弟の姿をさらされれば仲直りするしかねーじゃん、と思うけどねぇ。

ただ、最近の彼らはオイラから見ると『Twins』のように見える。髪形といい物腰と言い、兄貴はどんどん正しい3枚目道を邁進し、弟は何か角界のイケメンを目指しているような気がしてならない。大体貴乃花は鼻がかっこいい。貴乃鼻に改名してもいいくらいだ。ギリシャ人のようだもん。ホントに兄弟か?????

普通ならこれほど2人のキャラが立っていれば最高のコンビになりそうなもんだが相撲取りは分からん。しかし、弟を見ていると内面の葛藤が手に取るように出ている。角界を代表する人としてのプレッシャーに押しつぶされそうな感じがする。この人(貴乃花)本来は魅力的な人だと思う。本来の天真爛漫さや子供らしさをもっと発揮すりゃいいのに!

これは近親憎悪の一つなんじゃないだろうか。自分の影、としての兄貴の存在がうざったくなる。自分が父の道をけなげに進んでるっちゅうのに兄貴はなんだ、あっさり土俵を割り自由に生きちゃってさ!と思う。そして俺は兄貴のようにならない、と兄貴的なものをすべて捨ててきている。あの冷静さ、もかなり減量した風貌も、雰囲気の固さもすべて元・若乃花的な物との対極として、在る。

オイラは兄貴の方が共感できるな。自由だし、今後の人生の選択肢も多そうだ。あえて言うなら若がレジリ、そして弟の貴がタフ。オイラはレジリでいく。そして若の奥さんは美人だ。

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学び続けるコト

しかし、先週からひいた風邪が治らん。一昨日なんかあんまりのどチンコが痛くて殆ど眠れなんだ。しかし、捨てる神ありゃ拾う神あり。越谷に住んでるEMIちゃんのアドバイス通りパブロン呑んだらだいぶ良くなった。やっぱり持つべきは(美人の)友だねっ!

美人つながりでもう一人。お友達の一人がこの4月から大学院に行きだした。子育てが一段落してやる気になったらしい。Masters Degreeを取るために今は土日もなく勉学にいそしンでいる。Ummm、立派だ。昔から好きだった英文学を情熱を失わないずに、しっかりと社会経験を積んだ後に再び大学で学び始める。姐さん、素敵よー!

僕にももうちょっと、そうだな、後15年ほどしたら、再び大学で学びたい、という夢がある。出来ればアメリカかオーストラリアでキャンパスライフを送りたい、と思う。そこで自分が実践してきた商売や経営を、学問として系統付けられたマーケティング理論とを比較しながら学んで生きたい。教授やクラスメートと心行くまで討論し、納得し、共感していきたい。

それが、本当の、学問じゃないだろうか。一方通行でなく両方向の、そしてダイナミックな知の関係性。

最近仲良くしてくれているMUGIさんといい、そして昨日メールをくれたOleg Benesch君といい、学び続ける人に刺激を受けている今日この頃。

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バーベキューってヤッパいいね

しっかりと天気が僕の願いを聞いてくれた!

今日は少々蒸し暑かったけど、松戸地方はいい陽気に恵まれる。大人が14人、子供が8人とずいぶんにぎやかで楽しいパーティーになった。火を起こすところから始めるバーベキューは、本当に人それぞれだなあ、という事を教えてくれる。今度改めて稿をしたためようと思っていることだけれど、英語で『thin-slicing』、日本語で言うと『兆し』を読むことにこの所はまっている。やはりちょっとした事にその人の人格は顕れるから面白い。今回のように幹事役をやらせてもらうとその他にも色々学びは多い。

まっ、硬い事はいいやね。特に小関さんとこの、ゆうかちゃん、と、はると君、お兄ちゃんは君達と遊べてホントに楽しかったよ。短い時間だったけど心が通じ合えたね。アリガトネ。

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おいおい雨かよ!

明日は楽しいバーベキューだもんね!肉食うぞ。っと思って外を見たら、雨かい!しかし、オイラは雨男か!、と思うほど何か計画すると雨に降られるようだ。この前のバーベキューも雨で中止にしたっちゅうのに!そういえば、テレビで天気を自在に変える、という大阪のおっさんがテレビに出ていた。ピンポイントならほぼ自在に操れるとの事。結果は雨を降らせる筈が曇りのままだった。惜しかったね。残念!考えてみりゃこの季節、晴れか雨か曇りしかないからね、確率は1/3だったのにね! でも、天気を操れるなんて事を言い切る事が面白い!きっとあのオヤジ言い訳が得意なんだよ。ああいうタイプは大体そうだ。その言い訳を聞いてみたかったなぁ。上手くいくと全て自分の手柄だし、ダメな時は言い訳して事なきを得る。そんなずるっこい奴は案外多い。まあ、一つの生き方だけどね。

今深夜2:35です。これから、晴れる事を願って踊り狂います。チャオ

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Memento Mori.

寝起きのオイラに驚くようなメールが入っていた。 Corey Rudl Passed、コリー・ルドルが、亡くなったと言う事だった。知らない方も多いだろう、知る人ぞ知るインターネット・マーケティングの世界の英雄だった。生き様も華麗だった。

スポーツカー、美しい妻、20代での大成功、そしてお金で買えるものは全て手に入れた。

1971年生まれって、、、オイラより若いじゃないか、、、、、インターネットの世界では何かヴァーチャル感があって、生身の人間が向こうにいると言う感じが薄い。          だから、こんなに突然、メールが届く相手の人が亡くなった、と言う圧倒的な現実に頭がついていかない。勿論、会った事もない男なんだけれど。(音や映像では何十回と見てはいる)やはり、インターネットで結ばれた相手も死ぬ時がある。当たり前だ。いつか、毎日のように交わしていたメールも来なくなる。相手がいなくなる時が来る。そして、又、なんでもないような一日が始まる。そして、自分もいつか、、、、、、Tuesdays with Morrieに、こんな一節が有った。

 自分がこんな死に至る病に冒されていることを今日聞かされた、と言うのに、世界がまるで変わっていない事が驚きだった。(モリーとの火曜日)

僕らは、まるで永遠に生き続けられるかのように日々をすごしている。だけど、いつか死ぬ事は絶対的な事実なんだ。

Memento Mori・・・・・・・・・・・・『死を想え』

コリーのご冥福をお祈りします。(しかし、ポルシェでのクラッシュ死、若き成功者、ハンサムな若者の、まるでジェームス・ディーンのようだ。)

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