七夕でしたね

7日は午前中にアルファ・ブロガーでありビジネス書ソムリエのsmoothさんと久しぶりに会った。ホント一年ぶりだったので大いに盛り上がった。お互いにビジネス書大好きというベースがある。何時間あっても時間が足りない。

smoothさんは人気者だが、浮ついたところは微塵もない。どちらかと言えば律儀な職人さん的な風格がある。義理堅い人である。カリスマ的な書評ブロガーだが、献本を受けないというところも徹底している。本代だけでも馬鹿にならない筈だが(僕でさえ日本語、英語の本代は毎月10万円は下らないんだから、、、)、中立の立場を貫いている。

おすぎ、は元々辛口の真面目な映画評論家だったが、一時期から映画のCMに出てくるようになった。自分の好きな映画だからCM出演すると言っていたが、はたしてそんな態度を貫けるんだろうか?非常に違和感と胡散臭さを感じたのを記憶している。

僕も献本を頂くことがあるがそんな時に書く書評は、友人達への応援歌だと割り切っている。だいたい「告知」と書いているはずだ。

今日紹介するのは最近読んだ本の中でとても元気づけられた本だ。勿論応援でも告知でもない。純粋におススメしたい本だ。未だお会いしたことはないが、この方の引き出しの多さにはいつも驚嘆している。

晴山陽一著 「知的生産のためのすごい!仕事術」

物書きでもある僕は興奮しながら読み終えたが、どんな仕事をしていても、また人生のあらゆる場面でも目から鱗のヒントが詰まっていた。

僕は何とかベストセラーを出そうとしていたが、晴山先生の考え方は、実践的だ。大体年間7万点も新刊がでるのにベストセラーは僅か数百しか出ない。

であれば、最初からそんなホームランを狙わずに確実にヒットを打って行け、と。そして、「重版はボーナスと考えよ」。言われれば当然かもしれないがこの先生でさえ重版はボーナスだと考えているのを知って随分肩の荷が下りた。

「ちなみに私の著作のほとんどは思いつきの売り込みである」(悠長に執筆依頼を待っていたら生活が成り立たない。)! この先生の考えはどこまでも前向きである。

そしてこの言葉。余りに素敵な言葉なので最近のアファメーションに使っている程だ。

「なんだか急に世の中が私に得をさせよう、徳をさせようと動き出してしまったのである」

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ワンデー・サクセスカレッジ

しかし、すばらしいセミナーだった!

 友人の鳥居祐一さんが主催された大きなセミナーの事だ。鳥居さんを始めとして、中井隆栄さん、望月俊孝さんのそれぞれ一時間づつの講演があり、その後富裕層マーケティングの臼井宥文(うすいひろふみ)さんを交えた4人のパネルディスカッション。掛け値なく素晴らしい体験だった。

15年以上前にオレンジカウンティで受講したアンソニー・ロビンスのセミナーの興奮を久しぶりに思い出した。

「VIPの方はなるべく早く来て下さい」、と秘書の取次さんから言われ(恐縮です、、、)会場には11:30に到着した。 まず会場の素晴らしさに驚く、そこらへんのセミナールームではない。

ま、そりゃそうだろう。300人の方が集まる大型イベントなんだから。

どなたの講演も、勿論パネルディスカッションも、どれも素晴らしかったが、それの詳しい説明は他の方のブログに任せてやはりここでは鳥居祐一さんの講演に触れたい。

鳥居さんとは、3年ほどの付き合いをさせて頂いているが、彼がこれほど人の心を揺さぶる話し手だと(いまさらながらに)知ったのは、嬉しい驚きだった。

彼は脳で話していない、心で話しているな、と感じた。好きなカリフォルニアの、アーバインの話をする時、僕の心にもはっきりとあの懐かしい場所が映っていた。

彼のテーマは潜在意識をいかに使うか、と言う事。そしてこれだけの大きなイベントは、潜在意識なしに実現する事は出来なかっただろう、と断言していた。

彼が本当に苦労していたのを聞いていたので、その言葉には本当に力があった。

・人生は全て自分の選択の連続。故に自分の責任である。

・如何にして選択肢を広げていくか。人生はこれにかかっている。

・人脈とは自分一人で出来ない事をしてくれる人。その為には人様から応援される人になること。

・だが畢竟応援されるためには、最初に自分が人を応援しなければならない。

僕(林田)は鳥居さんの説得力溢れる言葉を聞きながら、僕の座右の銘にもなっているJim Rohn(ジム・ローン)のこんな事を場をかみしめていた。

"Success is not what you pursue. Success is what you attract"(成功とは追い求めるものではない。成功とはあなたが引きつけるものだ。)

但し、この言葉今はやりの引きつけの法則とはちょっと違う。思いによって牽引するものではなくて、あなたが成功するにふさわしい人になれば、その魅力と実力に応援する人が現れるだろう、という理解の方が正しい。

中井隆栄先生、望月俊孝先生、そして勿論鳥居祐一先生、お疲れ様でした、そして有難うございました。

PS:ケビン・クローンさんと話す事が出来たのも思わぬ収穫でした。

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凹な人も、凸な人も

2週続けて、ベラジオ先生のインターネットTV「賢者の交友録」に出演させていただきました!

鳥居さんとは、今回も話が弾みまくり楽しい時間を過ごした。MCをやっていただいた柏木先生の凛とした美しさも際立っていました。柏木先生、有難うございました。

「凹まない人の秘密」お陰様で、本屋さんでも売れ行き好調です。特に浜松町のブックストア談では、大浪さんを始めとする販売員の方たちの頑張りで一般書の売上げ6位を獲得する事ができました!

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凹まない人、でも取り上げていることだけど、柔軟性と適応力が変化の時代には不可欠だ、と。

特に男性はどうしても頑なになり易いようだ。猿の世界でも新しい餌にまず最初に手を伸ばすのは、若いメスのサル、そして年配のメス、若いオス、そして最後に年配のオスのサルなんだとか!猿の世界でもオヤジは保守的なのか!まいったね。

だから男性は特に、年をとればとるほど、意識して柔軟性と適応力を身につけていかなければならないと思う。頑固である、と言う事が信念が強い事と勘違いしているお茶目なオヤジも多いが、それは全く別物だ。

頑固で、一つの考えに凝り固まると、他の考えには思いもよらなくなる。実は、ちょっと視点をずらしただけで全く別の地平が広がるかもしれないのに。

僕自身、上手くいかなくて、八方ふさがりだった時には、どうも一面的な考えしかしていなかったように思う。

柔軟に適応する。僕らが猿のメスに学ぶことは多い。

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人は何故レジリでなければならないか

凹まない人の秘密。多くのカリスマブロガーの方から好意的に紹介していただいたおかげで売れています。特に売上堂々の4位と紹介していただいたsmooth様、人気ブロガーにしてバイリンガルのDan Kogai様、心より御礼申し上げます。

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また5月1日には、仲良くさせて頂いているDr.べラジオ―鳥居祐一さんのインターネットTVに出演させていただいた。映像プロデューサーの安住公克さん、秘書の取次さんにも大変お世話になりました。

鳥居さんは、ミリオネアコンサルタントとして大活躍中。著書の「ミリオネア・バイブル」と近著「学校で教えない億万長者の授業」も大ヒットしている業界の超有名人だ。

私とは、年が近く、キャリアも近いこともあって、気が合い、話も合う。お互い英語を話すバイリンガル同士と言う事もあり、アメリカの話などをしていると尽きる事がない。

当日は、素敵なレディースとメンズに囲まれて、アメリカに学んだ自己啓発と成功法則を中心にあっと言う間の35分だった。

映像はこちらにありますので、是非ご覧になってください。

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Dan Kogaiさんが面白い事を指摘されている。

日本には、全くなじみのない、Resilientという語に対してだ。

彼は、The Resiliency Advantageを「凹まない人の秘密」と訳した事に対して、自分なら『へこたれない』と訳したと思う、と言っている。

なぜなら凹まない、とした場合、まったく変形することのない、外部からの影響を受けないという意味での「強さ」という風に取られてしまう、というのだ。ご自身がバイリンガルのDan the Resilientのこの鋭い指摘には思わずうならされた。

確かに外部からの影響を全く受けない強さは、私とアルが何日も膝を突き合わせてかたりあったResilientなつよさとは似て非なるものだ。

Resilientである事とは、外部からの影響に自ら変化しながら、対応し、そして適応していくことだ。外部に凹まされ、そして、また元に戻っていく、可塑的な「靭(つよ)さ」のことなのだ。物理的な言葉で言いかえれば、elasticという語に近い。

ともあれ心の多様性を持つ事の重要性を説く本書は今までにないユニークな自己啓発書として多くの方の助けになるという事がわかっている。

保険屋さんとしての顔も持つ私だが、頑なで融通のきかない考え方をしていた時には随分苦しい思いをしたと思う。全てが八方ふさがりだと感じていたのもこのころだ。

目を開いて周りを十分見回す事が出来れば、道はいくらでもある、という事を教えてくれたのはアルとこの本だった。

そして今、Dan Kogaiさんのユニークな指摘を受け、ふと思ったこと。それは自分がバイリンガルである事が、図らずも、心の多様性を持つ事に寄与してくれた、と言う事だ。

色々あるのが人生だが、世界と関わって行く事を諦めなければ僕らにはチャンスはあるはずだ。

As long as the will to respond to the circumstances is with me, I have a chance.

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弾む心で行こう!

今週早々、大変なニュースが飛び込んできた。僕が保険会社の社員だった頃の先輩の息子さんが急逝された、というのだ。

先輩が亡くなったのではない。先輩の息子が亡くなったんだ、という。まだ38歳だったという。脳梗塞だった。

その息子自体も同じ会社で営業の仕事をしていて、独立。『これからだ』、という矢先の急死だった。

その方の無念や苦しみ、そして残されたご家族の悲しみを思うと胸が痛む。

その息子さんの噂は聞いていた。ちょっと変わった人であった、と。人の噂には尾ひれがつく。

僕は、とうとう彼と話しをする機会を持たなかった。僕自身、変わった人だ、という先入観があって話すのを躊躇したのかもしれない。

ただ、うちの会社の出入りの営業マンから聞いた話は全く違った彼の姿を見せてくれた。

面白く、営業力があり、そして内面の深みを感じさせる少年の心を持った漢(おとこ)。出入りの社員の話は、そんな魅力的で生き生きとした青年の像を僕の心に結んでくれたのだ。

僕はそんな惚れ惚れするような男との出会いを自分の先入観から棒に振った事を悔いた。もしかしたら同世代として良き友人となれたかもしれない。でもその機会は永遠に失われた。

先入観。人は誰でも他の人についてのイメージを持つ。レッテルやラベルを貼りたがる。しかし、生身の人間はどんなレッテルよりも深くて複雑な存在なのだ。「凹まない人の秘密」にも書き、僕が何回も自分をいさめたこの罠に又自分からハマってしまった。

それほど先入観や評判と言うのは怖いものだ。自分を変えようとしても自分に既に与えられたレッテルのせいでその努力がふいになる、事も多い。

ただ、一番怖いのは自分が自分にレッテルを張ってしまう時だ。「自分はだめなやつだ」とか、逆に「俺は何をやっても許される」とか。

人生はそんなに単純なものではない。運に連続性があるのは僕の経験則だが、それでも先には何が起こるか、やはりさっぱりわからない。

自分にそんな負の烙印を自ら押さない限り、世間は広がっていくものだ、と思う。

僕らは植物でも奴隷でもない。自分がその場所でダメなら、いっそのことそこから離れて新たに始めたらどうか。自分のレッテルを返上する、という大変な事に比べれば案外簡単なことかもしれない。

そうは言っても、、、、なんて愚痴を僕にこぼされても困る。いかにしたら、自分の世界を広げられるのかは自分自身で考えていくしかないもんね。

それにしても人の死の重さに今更ながら慄然とする。

一つだけ言えるのは、僕らがどんなに今日に不安や不平を持っても、その今日は「昨日」亡くなった彼らが渇望していた日、なのだ。

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経験の向こうへ

僕の盟友Dr.Al Siebertの教えの根幹に、逆境を受け入れる、ということがある。「その人がサバイバーかどうかを測るいい指標がある。それはその人が逆境をいい経験をしたと思っているかどうかだ」(逆境に負けない人の条件~アル・シーバート、林田レジリ浩文)。

そのレジリエンシーという心理学上の概念に深く共感し、実践して行きたいと常に思っている僕は、先日の朝日新聞の社説に深く考えさせられたのだった。

それは、イビッチャ・オシムの言葉としてこんな事が綴られていたからだ。

「戦争が自分を人間として高めてくれたとは言わない。言いたくない。そうなれば、それが(戦争が)人間の成長に必要なものになってしまう。」

うーん、深い言葉だ。そして、その言葉に共感した。きっとオシムは想像を絶する体験をし、また聞いてきたのだろう。僕らの「逆境」が、すかした屁のように何でもないと思えるほどに。

父は被爆者だ。長崎で被爆した。そしてそれを含んだ戦争体験を父は多く語ろうとはしない。言葉にできない、からかもしれない。

つらい体験をした、と過去を振り返り、そしてそのお陰で今の自分がある、と人が語るとき、その言葉の裏の言い尽くせない多くの思いはこぼれ落ちてしまう。

その経験は無駄ではなかった。かと言って必要だったわけでも、多分、ない。

僕らは言葉の裏にある、多くのこぼれ落ちていった言い尽くせない思いに慄然として耳を傾けるべき何だと思う。

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漂えど、沈ます

今日、パリの街をパリジェンヌが案内するという番組を見ていたらこんな懐かしい言葉に出会った。

これは確か、開高健の本に紹介されていて、何か心に響いて良く手紙や日記に書いたりしていた。

漂えど、沈まずーパリのモットーだそうだ。そしてこの町ほど優雅にこの言葉を体現している街もない(行ったことないけど)んじゃないか?

今自分はレジリエンシーという心理学の概念を知り、常にそれの体現者でありたい、と願っているがこの言葉は上手くレジリエンシーの本質を表わしている。

あらゆる人生の波にしなやかに対応し、乗りこなしていく。荒波にもまれる事もあるが、それでも決して沈まない。優雅だが骨太な、そして何よりも美しい言葉だ。

Fluctuat nec mergiturというらしい。"Maybe tossed around by waves, but never sink."

来週久々に再開するポートランドの友人に、そして特に癌との闘病中のアルに早速この言葉を教えてあげた。 http://en.wikipedia.org/wiki/Fluctuat_nec_mergitur

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ごぎげんな事をやり遂げようぜ

昨日は久しぶりに友人の小杉友巳さんと会う。

今は数百億の会社のトップとして大活躍だが、だから彼が愛すべき友なのではない。

彼が自分の生きるべき道を探しあてそれを心から楽しんでいるからだ。感慨深げに彼がつぶやいた言葉に心が震える思いがした。

「林田、夢って、叶うんだよ、、、、、」

使い古された言葉だが琴線に触れるのは、それがその言葉を確かに生きている口から出たからだ。

共に飲み、歌い、たまに踊り、夢を語り合ったあの日から長い時が流れた。でも、「あっ」という間だったような気もする。

そして昨日はもう一ついい事があった。友人の鳥居祐一さんの処女作があれよあれよ、という間にアマゾンの1位に輝いたんだ。彼が如何に用意周到にそれを狙っていたかを知っていたから余計嬉しかった。おめでとう、ホントに。

そのまま家に帰るのが惜しくてオイラの隠れ家D’S Dinerに寄っていった。あそこにはおいらのかけがえの無い友人Jose木村さんがいる。彼も自分のすべき事をしっかりと成し遂げている。

オイラが尊敬してやまないパパ、Ernest "Papa" Hemingwayの愛すべき英雄。あの年老いた漁師は、ライオンの夢を見た。

世間的な成功を収めたからライオンの夢を見るわけじゃない。自分のやるべきことを見つけ、そしてそれに情熱を傾けて懸命に生きる市井の人間にこそそれを見る資格があるのだろう。

みんな、頑張ろうぜ。そうつぶやいて今夜は床に付こう。それぞれが、それぞれの、ライオンの、夢を、見るように。

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走りゆく人々 Some gone running

保険の仕事をしている同業者が沈んでいた。

仕事が嫌で仕方がない、という。

こんな詰まらない仕事は無い。親父の後を継いで始めたが、人から尊敬されない。どころか馬鹿にされる。保険屋と軽く扱われる。事故の相手からは罵られる。おまけに価格競争は日増しに激しくなる。そしてコンプライアンス、とかで、ちょっとした事が致命傷になる。お客さんの所へ電話を掛けるのさえ怖くて仕方が無い、という。

その気持ち、僕にはよく分る。ホントに。何故なら、僕自身がそこにいた事があるからだ。しかも、随分長い時間。

仕事は義務だった。楽しくない何か、だった。あんなに嫌で辞めたサラリーマン生活だったのに何か取り返しの付かないことをしでかした、気持ちになっていた。

そんな時、ある人が亡くなった。

僕らの会社の仲間だった。優しい人だった。僕の詰まらないジョークによく笑ってくれた。

笑顔の素敵な、凛とした女性だった。

そんな彼女が亡くなった。

1年以上も会社を病欠していた。ちょっと悪いのかな、とは僕らも思っていた。

牛久の斎場で行われたお通夜には行った。顔を見ていって下さい、と言われたような記憶があるが、顔を見る勇気が無かった。

勇気が無かったんだ。

その後で、彼女の最後の顔を見た女の子から聞いた。

彼女は、柳沢さんは、僕らの会社の制服を着ていたんだ、と。

会社の制服を着て、彼女は旅立っていったんだ。

こんなに僕らが弱音を吐き泣き言をいい、愚痴を言っている職場に、彼女は心の底から復帰したかったんだ。

彼女がいたのは自動車の事故係、最も辛い職場だ。僕ら営業の何倍も。

事故の相手から心無い言葉を投げつけられるのは毎日あっただろう。

それでも、彼女はその仕事に誇りを持ち続けた。そして愛してくれたんだ。

僕は、胸が締め付けられるような気がした。

彼女の分まで僕らが生きる、いつもそう思う。でも逝ってしまった人は、それを喜んでくれるのか?

こんなツマらねぇ、クソのような奴らの。

春が来た、また今年も。その度に彼女の気高い、凛とした、誇り高い生き方を思い出す。そして、彼女の事を決して、決して忘れないことを誓うんだ。

仕事は義務ではない、尊い権利だ。誰かが渇望しながらも、ついに果たす事が出来なかったギフトだ。

”やるべき事をしな。やりたい事をするんだよ。そしたら・・・・誰かが・・・・君の事を歌ってくれるかもしれない”(ボブ・ディラン)

シェークスピアの言葉を、あの忘れがたい、勇気ある女性にささげよう。

『勇者は、本物の死を迎える時、その一度しか死なない。しかし臆病者は、その本物の死を迎えるまでに、心の中で何度でも、そう何度でも、死ぬのだ』(ジュリアス・シーザー)

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そのまんまレジリな生き方

そのまんま東が、宮崎県知事に就任した。

正直言って地球の裏側の事のような心理的な距離を感じる出来事のようで全く興味が無かった。東に対しても終わった芸人だろ、とさめた見方しかできなかった。

当然、当選するなんて考えもしなかった。

しかし、どうだ、蓋を開けたらこの当選フィーバーだ。

今日観てたテレビ番組では飯島愛が、手の平を返したようななれなれしい態度を取っていた。この人は権力者におもねるのが好きなようだ。結局ホステス的な思考回路から脱却できないのかね?

しかし、オイラも人のことは言えない。東が、ある意味首相以上の権力を持つ、といわれる県知事になった事で確かに見方が変わった。

そして、こんな生き方もあるのか!と感心した。

オイラは何をしでかすか分らない人間が好きだ。そしてこれからの時代はそういう生き方を時代の激動が誰に対しても突きつけてくる、と思う。

しかし、これだけ不謹慎な事をした評判の良くない芸人さんがねぇ。2流芸人がこれほどまでの転身をした例はちょっとないんじゃないだろうか。

どんな時でも、特に逆境においても決して自らの道を求めて已まない精神の強靭さを「レジリ」(Resiliency)という。

この東の生きかたはそれを具現化している。芸人がテレビから干される、恐らく死ぬほど辛い経験を、いやその経験が有ったからこそ、40過ぎて早稲田に入り政治を志すことが出来た。

この男に無かったのは、恐らく、あきらめる、という選択肢だ。

がんばれ。

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