Guy Kawasaki Live!
オイラの心の師匠、ガイ・カワサキが語りつくします。
ひつこいけどこういう生きた教材で英語は身に着けるものなのね!
これね↓
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オイラの心の師匠、ガイ・カワサキが語りつくします。
ひつこいけどこういう生きた教材で英語は身に着けるものなのね!
これね↓
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私が尊敬する起業家、ガイ・カワサキ。年齢不詳の爽やかな日系人だ。
リンクも貼ってあるから見た方もいるか知れない。もし英語が好きな方がいればオススメだ。MP3で音声も聞けるよ。英語はやっぱ楽しく勉強しないとね。
ココ⇒ http://blog.guykawasaki.com/2006/05/jim_whittaker_a.html
じゃ、チャオ!
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English Journal 3月号、出ました。全国の書店で手に取れます。まずは、立ち読みからどうぞ!(よかったら買ってね。) 早速、オレゴン在住のよき友人、とも&さら斉藤さんもブログで告知してくれた。
実はさら斉藤さんもアルにインタビューしている。たまたまThe Survivor Personalityの感想を彼らのHPで載せていて僕がポートランドに行く時に連絡を取ってみた。
それからのお付き合いだ。さらさんもアルが直ぐ近くに住んでいるのを知ってビックリしたようだ!これも何かの縁、だよね。
コレコレ↓
http://zettai.seesaa.net/article/13124885.html?reload=2006-02-11T21:58:04
可愛い奥さんのさらがアル・シーバートにインタビューした時の様子もココで見れるよ。
そのインタビューも近いうちにwww.resili.com で紹介する。僕はレジリってのは、実は女性が共感できる心理学のコンセプトだと思っている。
タフじゃなくしなやか、固さで無く柔らか、一直線じゃなく曲線、ゴルゴ13じゃなくルパン3世(笑い)、そんなコンセプト。
それを優しいアメリカの女性であるさらがインタビューしている。この女性ならではの切り口は僕には出来ない。
面白いと思うよ。(但し英語なんですが。、、、、すまん)
これからも、このレジリって言うコンセプト。レジリレジリと呪文のように唱えて可愛がって下さい。レジリは貴方の味方っす!
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2月9日には、English Journal 3月号が店頭に並ぶ。
オイラがアル・シーバートにインタビューしたものの一部が載るんだ。(一時間のインタビューのうちの10分間、但しオイラのパートはネイティブが吹き替えている。)
弾む心、レジリ(エンシー)とは何かという事について非常によく分る様になっているので英語に興味ある人は是非トライしてみてはどうだろうか?
シーバート博士の紹介も書いたんだけれど、面白いのは、オイラの肩書きだ。
翻訳家、となっとる!オイラがそう書いたんじゃないよ。編集部でそう書いてくれた。オイラとしちゃ、バカ息子、とか、保険屋のにいちゃん、の方がピン、と来るんだが。Synergist(シナジスト)ってのもいいな、うさんくさくて。
ま、えろ、じゃなかった、偉そうだけどさ、そう言えなくも無いな。一応翻訳本、出したんだからさ。翻訳家になりたい、とは思わなかった、ただ好きな事をして生きてゆきたい、と願っていただけだ。
そして、好きな事をして生きていく為には多くの道がある、と気が付いただけだ。だから、翻訳家っていうのもその1つでしかない。シーバート博士のエージェントでも有るし、面白い人を見つけて話を訊くインタビューアーでもある。商売人でもあるし、作家でもあるかもしれない。
だから、肩書きは、必要なものであるけれど、オイラにはもう、こだわりは無い。サラリーマンじゃないんだ、もう、オイラは。それだけで良い。あまり幸せじゃあ無かったもんね、リーマン稼業は。
肩書きってのが、実はそうである以上人は好きな肩書きを選べぶ事もできる。(資格を偽ったらダメだけどね)
好きな肩書きを自分で決めて、それに相応しい様に生きていく。それって素敵な事じゃないか。
オイラはトム・ピータースの肩書きが好きだ。ただ、こうある。
「プレーヤー」。 傍観者ではない、トムは参加者なんだ。
あの多くの情報起業家を育てたカリスマ・コンサルタントのダン・ケネディに送られた名刺には、牧場主、と書いてあったよ。
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”When a student is ready, a teacher will come.” 直訳すると、生徒の準備が出来ると、先生が来る。
なんでもない英文だ。中学生が一年目に習うような、ね。でも大人になると、この文のとんでもない深さに気が付く。
よかった、おじさんに生まれて!
生徒の準備が出来て先生が来る、っちゅー事は、生徒の準備が出来なければ、先生はずぅーっと現れない、っつー事だな。
この言葉がオイラの心に引っかかっていたのは、ある日とんでもない事実に気がついたからだ。この世では、生徒である自分が学び、あるいは気づかなければ、何度でも同じ問題集をやらされる。
そうなんだ!オイラの人生がいまいちパッとしない時、同じ問題に悩んでいる時、この言葉がフラッシュのように頭に浮かんだ。
全ては、こちらにある。こちらがどうこの世に向き合うかで、起ってくる出来事が変わってくる。これは別にオカルトやマーフィーを読むまでもなく、絶対的な法則だ。
少なくともおいらの経験では、そうだった。
こんな言葉もあるな、そういえば。
”In school you go to as a kid you sit in classes where first you learn the lesson, and then you take the test, in school of life it is the opposite. You take the test, and then, you learn the lesson.”(The Survivor Personality by Dr. Al Siebert)
子供の頃通っていた学校の教室では、まず授業を受けてその中からテストが出される。しかし、人生という名の学校では、全く逆だ。まずいきなりテストをうけさせられる、そこからどれだけ自分が学べるかが問われる。【逆境に負けない人の条件: 林田レジリ浩文 訳】
永遠の一瞬ちゃん、どうでしょうか?
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最近じゃ、やたらメンター、メンターなんて言葉を聞く。こんな気取った英単語、オイラだってつい最近まで知らんかった。巷にも、ユダヤ人のじいさんをてめーのメンターだなんて奉ってありがたくその御託宣を頂くなんていうすかした本がベストセラーになっている。【貴方のことじゃないですよ。本田健先生。これを読んでいらしたら、是非今度ご一緒させてください。えへへ卑笑い】
だいたい他人に自分の人生を変えてもらおうなんて根性が気に食わないっちゅーの。自分の人生ぐらい自分でデザインしてその戦略に合った人を自ら呼び込むぐらいの覚悟が必要だってんだよ!
大体ユダヤ人だのスイス人だのというくくりが気に食わないね。なんで、「荒川土手ホームレスの教え」じゃねーの?「大阪人たこ焼き屋の教え」や「板橋区立中学生の教え」や「松戸市役所警備員の教え」じゃないんだよ!「博多天神通り風俗店 店長の教え」なんかの方がよほど腹に落ちるぞ、この野郎。
考えるんだけど、メンターなんてのは、その時は只のうるせー親父だ、なんて五月蝿く思っていたものが何年も経って思い返して見るとそうだった、と判るものだ。それにしてもこの言葉は余りにもかっこ良過ぎて、うそ臭さを感じる。やっぱり自分の言葉で恩人とか師匠とか言った方がしっくりと心に入ってくる。(少なくとも日本人にとっては) 言霊というやつか。
オイラだって、例えばアル・シーバートを所謂メンターとは思っていない。優先生だってメンターではない。だからといって彼らがオイラの人生に意味の無い存在だとは思っていない。
むしろかけがえの無い大事な友人達だ。そしてそれはどちらかが一方的に恩恵を受ける関係ではなく、お互いが成長できる関係だ、と思っているからだ。そしてオイラはそんな関係こそ大事にしたいと思っている。
こんな言葉がある。元々は禅の言葉らしいがオイラはアメリカの友人から最初に聞いた。
"When a student is ready, a teacher will come."(学ぶものの準備が整って始めて、先生が現れる。)
オイラにとってそんな先生は一人いる。いや、いた。そしてその男はもう、いない。
それを考えると、時にとても寂しくなる。峯が生きていたら、どんな事を言ってくれるんだろう。つまんねぇいちゃもんをつけてくるかもしれないな。いつもあのオヤジ、減らず口を叩いていたから。
その人は、皆から峯、と呼ばれていた。オイラも、『ミネ!』と呼んでいた。英語の先生で、こてこての日本人だったにも拘らずどこかバター臭かった。ヤンチャで暴れん坊だったにも拘らず、皆から愛されていた。(駒込一帯の飲み屋は、別だ。このオヤジさんは伝説になるほど酒癖悪く殆どの店から出入り禁止とされていたから。)
田舎の小学生だったオイラが、サングラスをかけて外人の女性を連れて歩いていた怪しい日本人を良く見かけていた。それがミネとの出会いだ。
お袋に、あのオジサン何者?って聞いたのを思い出す。中学生になってからだ、オイラがミネの英語教室に入ったのは。
っても不良外人を先生にしたてあげて怪しげな英語を勝手に喋らしていただけだ。きれいな金髪の女性はヒッピーで、ガキだったオイラ相手にずっとおいしい麻薬の吸い方を話していたっけ。(でも不思議だったよなー白人と言う人種は。映画でしか見たことなかったもん、それまで。初めての外人女性がとてつもなく不思議で、髪の毛ややたら高い鼻や真っ白な乳に触らせてもらったもんなー。しかしなんちゅう英語学校じゃ!こら!)
と言うわけでオイラは全くできの悪い生徒で真面目に勉強した事は無かったが、やはりそのミネの姿と、高校まで通ったその教室がオイラに強烈な影響を残したのは間違いない。
何年も経ってオイラが英検一級に受かった時、ミネが自分の事のように喜んでくれていたのを思い出す。
荒くれで、世渡り下手だが、とてつもなく優しい男だったのだ。そして、今はそんな骨っぽい日本の男は絶滅してしまった。
酔っ払うと何時も暴れていたミネ。そして家に寄っていけ、と信じられないほどしつこかったミネ。皆が楽しそうに英語を話すのを本当に嬉しそうに目を細めていた、ミネ。笑顔が可愛かったミネ。
いつまでたっても売れない女優の姪っ子を可愛がっていたミネ。
ミネが今でもオイラを上から見守ってくれているのを信じたい。世の中にはそうでなければ説明できない事が余りにも多い。
ミネが逝っちまってから、奥さんが言った。ミネは、英語教室で撮った一枚の写真をとても大切にしていた、と。
その写真には、そこにいた全員が本当に楽しそうな顔をして写っていたのだった。
オイラ、その写真を見て、涙にくれた。
あ、そうそうミネが可愛がっていた姪っ子は、今、日本を代表する大女優になった。
その人の名を、高島礼子という。
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まず、下のリンクから入って、ある素晴らしい男のメッセージを聞いて欲しい。
http://news-service.stanford.edu/news/2005/june15/videos/51.html
これ、アル・シーバートの共通の友人でもあるポートランド在住の*とも斉藤*さんから10月17日に送られてきた。
素晴らしいメッセージだ。もし英語が解るとすればこれを直に自分へのメッセージとして聴く事が出来る。どうだろうか、それだけでも英語をマスターする強い動機にならないかな?
そして世界にはこんな素敵な言葉が溢れている。そして僕達に聞いてもらうのを待っている。
翻訳が出るのを待つって?ひろ頼むよって?実は、このスティーブ・ジョブズのメッセージ、このブログの6月28日に載せているんだ。http://graceunderpressure.cocolog-nifty.com/blog/2005/06/steve_jobs__4b84.html
そして、今このメッセージは日本のインターネットを駆け巡っている。(別に俺の手柄じゃないけどね!)
一ヶ月前には、週刊朝日(確か)にも取り上げられていた。
僕はこの記事をアメリカ発のネットで知った。そしてこのメッセージの真摯でダイレクトな力強さに正直、参った。そしてブログに載せた。
考えてもらいたいのは、この素敵な言葉が日本で流行るのに、少なくとも僕のブログが出てからでも3ヶ月かかっているっていう事。
もっと言えば、これが日本語に翻訳されたという事も奇跡的なことだ。
殆どのそんな素敵な言葉達、そして情報は翻訳なんてされない。
そして僕が言いたい事は、もし少しでもそんな素敵な世界に憧れがあれば、翻訳を待つなんていう受身の姿勢じゃなくて、それを捕まえにいけばいい。そんな姿勢を持てば人生はどれだけ僕らに素晴らしい世界を見せてくれるだろう。
Mr.Steve Jobsのいった言葉は生きている。そして僕らを挑発する。
Stay Hungry. Stay Foolish.(人生決してこんなもんだと思うな。いつまでもヤンチャであれ。)
多くの挫折を乗り越えてきたレジリなMr. Jobsでなければいえない言葉だ。
日本語はこちら(ぽちっと、な)http://blog.livedoor.jp/tomsatotechnology/archives/50067272.html
原文はこっちよ(ぽちっと、ね)http://news-service.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html
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